武谷
たけやTakeya
ほかの読み: たけたに
全国5512位 ・ 約1,850人
武谷(たけや・たけたに)は、前条の氏と通じる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- たけや ・ たけたに
- ローマ字
- Takeya
- 全国順位
- 全国5512位
- 推計人数
- 約1,850人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
武谷をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
「たけや」と読む場合
Takeya読みをそのまま写した形
「たけたに」と読む場合
Taketani読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 近江国(滋賀県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 筑後国(福岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
武谷(たけや・たけたに)は、前条の氏と通じる。徳島蜂須賀藩の用人に武谷氏があり、また水戸藩砲衛家に竹谷彦兵衛、また幕臣・奇人に武谷又三郎がある。……(中略。この先は原文が崩れていて読み取れない) 【2】武蔵(東京都・埼玉県)の竹屋氏 ― 竹井の項を見よ。藤原姓といい、前項の氏の裔という。 【3】筑後(福岡県)の竹屋氏 ― 久留米の名族で、「竹屋忠次旧記」がある。その祖を覚甫という。 「石原日記」享保十五戊戌十一月条に、「三本松町、竹屋伝左衛門、後に覚豊という。今の御郡方役所は竹屋のもとの屋敷である。この家は殿様がお入りになった際、新たに竹で葺いたことから、竹屋という屋号を下された」とある。 建屋(たけや・たてや)は、但馬日下部氏の一族である。たてやの項を見よ。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
武谷タケヤタケタニ前條氏と通ず。德島蜂須賀藩用人に武谷氏、また水戶藩砲衞家に竹谷彥兵衞、また幕臣·奇人に武谷又三郞あり。……○丈安史近江の古族にして、神龜元年の志何郡計帳に「丈安史法麻呂」なる者見竹屋御印號衣2武藏の竹屋氏竹井條を見よ。藤姓と云ふ。前項氏の裔と云ふ。 3筑後の竹屋氏久留米の名族にして付屋忠次舊記あり。その祖を覺甫と云ふ。石原日記、享保十五戊戌十一月條に「三本松町、竹屋傳左衞門、後に覺豐と云ふ。今の御郡方役所竹屋元の屋敷也。此の家は殿樣御打入の節、御入り遊ばされ候に付、新に竹にて葺き候故、竹屋と云ふ屋號を下され候」と見ゆ。建屋タケヤタテヤ但馬日下部氏の族也タテヤ條を見よ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
武谷と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
「たけや」と読む名字
「たけたに」と読む名字
同じ漢字を使う名字
武谷に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「武」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が武谷の前後にある名字です。
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