正岡

まさおかMasaoka

全国1916位 ・ 約8,070人

正岡(まさおか)は、 【1】河野氏族 ― 伊予国風早郡(温泉郡)正岡邑から起こり、河野親経の弟・北条六郎大夫康孝の子、北条大夫経孝を祖とする。

1件の公開家系図に 4人

基本情報

読み
まさおか
ローマ字
Masaoka
全国順位
全国1916位
推計人数
約8,070人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

正岡をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Masaoka読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 伊予国(愛媛県)
  • 磐城国(福島県・宮城県)
  • 摂津国(大阪府・兵庫県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

正岡(まさおか)は、 【1】河野氏族 ― 伊予国(愛媛県)風早郡(温泉郡)正岡邑から起こり、河野親経の弟・北条六郎大夫康孝の子、北条大夫経孝を祖とする。……(中略)また越智郡仙遊寺に正岡左衛門大夫の寄進状を蔵する。 後世、松山藩馬廻加番の正岡隼太の子、正岡子規(常規)は俳人として名高く、新派を起こし、明治三十五年九月十九日に没した。三十六歳、一に越智処之助と号した。また当国の正岡氏に剣鳩酸草を家紋とするものがある。 【2】桓武平氏岩城氏族 ― 磐城(福島県・宮城県)の豪族で、仁科岩城系図に「田中甚七郎師行―忠基(正岡十郎、一に鯨岡に作る、法名原白)」と見える。田中・鯨岡などの項を参照。 【3】雑載 ― そのほか摂津(大阪府・兵庫県)・播磨(兵庫県)・武蔵(東京都・埼玉県)などに存するという。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

正岡マサヲカ1河野氏族伊豫國風早郡(温泉郡)正岡邑より起り、河野親經の弟北條六郞大夫康孝の子北條大夫經孝を祖とす。……又越智郡仙遊寺に正岡左衞門大夫の寄進狀を藏す。後世、松山藩馬廻加番正岡隼太の男正岡子規(常規)は俳人として名高く、新派を起し、明治三十五年九月十九日歿、三十六、一に越智處之助と號す。又當國正岡氏に劔鳩酸草を家紋とするあり。 2桓武平氏岩城氏族磐城の豪族にして、仁科岩城系圖に「田中甚七郞師行-忠基(正岡十郞、一に鯨岡に作る、法名原白)」と見ゆ。田中、鯨岡等の條參照。 3雜載その他、攝津、播磨、武蔵等に存すとぞ。

姓氏家系大辞典 第5巻 502コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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正岡と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

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