丸に引両

桐

きりKiri

全国7223位 ・ 約1,250人

桐(とう)は、(この前の部分は原文が崩れていて読み取れない)……に引き籠る、などと見える。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
きり
ローマ字
Kiri
全国順位
全国7223位
推計人数
約1,250人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

桐をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kiri読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

この名字に記録のある家紋

『姓氏家系大辞典』の「桐」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。

『姓氏家系大辞典』第4巻 553コマに「家紋丸に二引、五三桐、根德」とあります。 原典で見る →

図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。

家紋・紋章の調べ方(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) →

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 日向国(宮崎県)
  • 和泉国(大阪府)
  • 伊賀国(三重県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

桐(とう)は、(この前の部分は原文が崩れていて読み取れない)……に引き籠る、などと見える。 後藤捷一氏によれば、「仁木氏は名東郡上八万村花房城に居城した。その先祖は源義家から出て、六世の孫を仁木太郎実国といい、実国六世の裔・右京大夫義長の後を源義包と称した。 その子・仁木日向守義胤は、細川持隆のために、三好氏と東黒田村錦場で戦って敗死した。長男の義忠はまた又太郎入道自義といい、二男の友能は和泉守と称して庄野伊賀守の嗣となった。呉服氏はおそらく義忠の後である」という。 一説に、呉服氏は仁木又五郎義治の裔と称する。呉服条を見よ。
原文(文語体)を見る

桐タウに引籠」など見ゆ。後藤捷一氏云ふ、「仁木氏は名東郡上八萬村花房城に居城す。其の先源義家より出づ。六世の孫を仁木太郞實國と云ひ、實國六世の裔右京大夫義長の後を源義包と稱す。其の子仁木日向守義胤·細川持隆の爲め、三好氏と東黒田村錦場に戰ひて敗死す。長男義忠·又太郞入道自義と云ひ、二男友能·和泉守と稱し、庄野伊賀守の嗣となる。吳服氏は蓋し義忠の後なり」と一に吳服氏は仁木又五郞義治の裔と稱す、吳服條を見よ。

姓氏家系大辞典 第4巻 553コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

桐に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

「桐」で始まる・桐を含む名字

桐の字をそのまま含む、より長い名字です。

同じくらいの多さの名字

全国順位が桐の前後にある名字です。

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