柿元
かきもとKakimoto
全国5259位 ・ 約1,980人
柿元(かきのもと・かきもと)は、柿本と通じるという。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- かきもと
- ローマ字
- Kakimoto
- 全国順位
- 全国5259位
- 推計人数
- 約1,980人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
柿元をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Kakimoto読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 大隅国(鹿児島県)
- 阿波国(徳島県)
- 筑前国(福岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
柿元(かきのもと・かきもと)は、柿本と通じるという。大隅(鹿児島県)に柿元氏がある。「南隅系図」に柿元氏があり(この柿元氏は肝付氏の落城前から居住していたと伝え、姓・紋は未詳、家名は讓字重)、附記に「初代舎人佐は慶長元年丙申生まれで、父は玄蕃と伝える。五代武右衛門は高山の人・山形伝内の三男で、先代六左衛門の養子となった」とある。 (このあと原文は次の見出し「柿場(かきば)」の記事に移る)柿場は阿波(徳島県)・筑前(福岡県)にあり、長岡牧野藩中老に柿場氏がある……(この先は原文が崩れて読み取れない)。 (このあと原文はさらに次の見出し「柿原」の記事に移る) 【4】肥後(熊本県)の柿原氏 ― 飽田郡の柿原邑から起こる。加藤○正の家臣に柿原氏があり、よく怒り、酒を飲めば笑ったという。 【5】雑載 ― 「太平記」巻三十八に柿原孫四郎があり、細川○氏に討たれたとある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
柿元カキノモトカキモト柿本と通ずてん大隅に柿元氏あり。南隅系圖に柿元氏(此の柿元氏は肝付氏落城前より、居住と云ひ傳へ、姓及び紋未詳、家名讓字重)。……附記、初代舍人佐は慶長元丙申年誕生、父は玄蕃と云ひ傳ふ。五代武右衞門は、此の高山の人山形傳内三男にして、先代六左衞門の養子となる。……書場カキバ阿波、筑前、長岡牧野藩中老に梯本氏あ座郡に林原邑あり。 4肥後の柿原氏飽田郡の柿原邑よリ起る。加藤〓正の家臣に柿原氏あり。よく怒り、飮めば笑ふ。 5雜載太平記卷三十八に柿原孫四郞あリ、細川〓氏に討る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
柿元と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
柿元に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「柿」の字を含む名字
「柿元」で始まる・柿元を含む名字
柿元の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が柿元の前後にある名字です。
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