徳

とくToku

全国4992位 ・ 約2,130人

徳(とく)は、 【1】上代の徳氏 ― 正倉院の天平勝宝元年および五年の文書に見える。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
とく
ローマ字
Toku
全国順位
全国4992位
推計人数
約2,130人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

徳をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Toku読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 石見国(島根県)
  • 相模国(神奈川県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

徳(とく)は、 【1】上代の徳氏 ― 正倉院の天平勝宝元年および五年の文書に見える。なお「孝徳紀」大化二年条に「徳史」という者があるが、これは「和史」の誤りである。 【2】武蔵(東京都・埼玉県)の徳氏 ― 多摩郡の名族に徳(石見(島根県))氏がある。家の旧記をひもとくと、「祖先は徳石見信秀と名乗った。正中二年、相模国(神奈川県)鎌倉からこの地に来て居住し、医を業とした。この人から四代の後、庄司信次が初めて小田原北条家に仕え、その子・庄司信久も北条家に仕えて、天正十八年、小田原没落の時に自殺し、子がなかったが、佐久間氏の人が縁あってこの家を継いだ」という。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

德トク1上代の德氏正倉院天平勝寶元年、及び五年文書に見ゆ。なほ孝德紀大化二年條に「德史」と云ふ者あれど、こは和史の誤脫也。 2武藏の德氏多摩郡の名族に德(岩見)氏あり。家の舊記を関るに、「祖先は德石見信秀となのり。正中二年、相摸國鎌倉より此の地に來りて、居住して醫を業とす。この人より四代の後、庄司信次·始めて小田原北條家に仕へ、其の子庄司信久も北條家に仕へて、天正十八年、小田原沒藩の時、自殺して子なかりしが、佐久間氏の人由緒ありて、此の家をつぎし」とぞ。

姓氏家系大辞典 第4巻 276コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ漢字を使う名字

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全国順位が徳の前後にある名字です。

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