巴
ともえTomoe
全国5296位 ・ 約1,960人
巴(ともえ)は、「承久記」巻一に「巴の大将・公経卿」とある。
1件の公開家系図に 1人
基本情報
- 読み
- ともえ
- ローマ字
- Tomoe
- 全国順位
- 全国5296位
- 推計人数
- 約1,960人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
巴をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Tomoe読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 豊前国(福岡県・大分県)
- 土佐国(高知県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
巴(ともえ)は、「承久記」巻一に「巴の大将・公経卿」とある。「西園寺」の条を見よ。また巴氏も現存する。 (このあと原文は次の見出し「巴田(ともえだ)」「友枝(ともえだ)」の記事に移る)友枝は豊前国(福岡県・大分県)上毛郡友枝邑から起こる。 【1】豊前の友枝氏 ― 前述の友枝邑の土豪である。友枝手永土佐井の御名塚は、おそらくこの氏の祖先の墳墓であろう。……(中略)その後、宇都宮氏に従い、戦国の頃、友枝忠兵衛、次いで友枝頼興らが見え、また「宇都宮文書」豊前知行御領の衆に「友枝、三千二百石、友枝六郎左衛門範興」を載せ、また「満光寺文書」の人数積の儀に「友枝城、二百余人、今高三千二百石、友枝太郎左衛門範興」を挙げる。…… 【2】藤姓宇都宮氏族 ― 前項の氏は豊前宇都宮氏の一族で、信景の子・信範の後裔という。おそらく友枝刑部の家を継いだものだろう。「宇都宮大系図」に、道房の弟として「友枝信範―友枝道範」と載せている。その後、野仲氏から中興し、系図に「野仲弘花―内尾親賢、弟・友枝宗道―大膳亮、弟・親兵衛」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
巴トモヱ承久記卷一に「巴の大將公經瘤」あり。四園寺條を見よ。又巴氏も現存す。巴田トモエダ友枝トモエダ豊前國上毛郵友枝邑より起る。 1豐前の友枝氏前述友枝邑の土豪也。友枝手永土佐井の於名塚は、蓋し此の氏祖先の墳墓か。……爾來宇都宮氏に從ひ、戰國の頃、友枝忠兵衛、次いで友枝頼興等見え、又字都宮文書豐前知行御領の衆に「友枝、三千二百石、友枝六郞左衞門範興」を載せ、又滿光寺文書、人數積の儀に「友枝城、二百餘人、今高三千二百石、友枝太郞左衞門範興」を擧ぐ。……2藤姓字都宮氏族前項氏は豐前字都宮氏の族にして、信景の子信範の後と云ふ。蓋し友枝刑部の家を襲ぎしものか。宇都宮大系圖に、道房の第「友枝信範-友枝道範」と載せたり。その後、野仲氏より中興す、系圖に「野仲弘花-内尾親賢、弟友枝宗道-大膳漁、弟親兵衞」とあり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
この名字の人々
同じ読みの名字
巴と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
巴に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「巴」で始まる・巴を含む名字
巴の字をそのまま含む、より長い名字です。
同じくらいの多さの名字
全国順位が巴の前後にある名字です。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
