因幡

いなばInaba

全国4896位 ・ 約2,190人

因幡(いなば)は、稲葉とも稲羽とも通じて用いる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
いなば
ローマ字
Inaba
全国順位
全国4896位
推計人数
約2,190人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

因幡をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Inaba読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 因幡国(鳥取県)
  • 武蔵国(東京都・埼玉県)
  • 近江国(滋賀県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

因幡(いなば)は、稲葉とも稲羽とも通じて用いる。……(この先は原文の行が崩れていて読み取れない)……「和名抄」に因幡国(鳥取県)があり、「国造本紀」に稲葉国と載せ、また「古事記」に稲羽とある。「和名抄」に以奈八と注し、また法美郡に稲羽郷を収め、伊奈波と注す。……(中略)(近江神崎郡に因幡庄、東大寺要録に因芳庄)。 【1】因幡国造 ― 因幡国は稲葉国であって、法美郡稲葉郷が中心であったことからこの名が起こったのだろう。ただし「古事記」神代巻に稲羽の八上媛があり、大国主命と婚姻する。もし史実が根底となって生まれた伝説だとすれば、八上郡にいた女豪であろう。 そうであれば、古く八上郡の地が一国の中心であったかのような因幡という国名は、稲葉邑に治所があったことから起こったものであり、それ以前のこの国名は後世の追記であろうと考えられるが、この考えを妨げるものではない。 この国造のことは「国造本紀」に「因幡国造、志賀高穴穂朝の御世(成務朝)、彦坐王の子・彦多都彦命を国造に定め賜う」と見える。 彦坐王は四道将軍の一人として丹波道(山陰道)に向かった丹波道主命(「古事記」には丹波比古多々須美知能宇斯王)の父であって、「古事記」によれば、父子ともに進んでこの方面に向かった趣に見えるので、この国造がその御子の後裔だというのはおそらく事実であろう。 なお、彦多都彦とは多々須美知能宇斯のことかというが、あるいはそうであろう。「古事記」に彦多都の名はなく、多部は多々須にほかならないからである。その後、仁徳天皇朝の頃の人に因幡国造阿良佐加比売があり、「播磨風土記」に見える。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

因幡イナバ稻葉とも稻羽とも通じ用小野寺紀姓にして實成の奇なりと武蔵稻目より起る。イナ稻葉とも稻羽とも通じ用一〇和名抄因幡國あり、國造本紀に稻葉國と載せ、又古事記に稻羽とあり。和名抄に以奈八と註し、又法美郡に稻羽〓を收め、伊奈波と註す。……(近江神埼郡に因幡庄、東大寺要錄に因芳庄)。 1因幡國造因幡國は稻葉國にして法美郡稻葉〓が中心なりしより此の名起りしならむ。但し古事記神代卷に稻羽の八上媛あり、大國主命と婚す。若し史實が根底となりて生れし傳說なりとすれば、八上郡にありし女豪たるべし。然らば古く八上郡の地が一國の中心たりしが如き因幡なる國名は稻葉邑に治所のあるより起りしものにして、それ以前の此の國名は後世の追記ならんと考へらるれは、此の考を妨ぐるものにあらず。此の國造の事は國造本紀に「稻葉國造、志賀高穴穗朝御世(成務朝)、彥坐王の兒彥多都彥命を國造に定め賜ふ」と見ゆ。彥坐王は四道將軍の一人として丹波道(山陰道)に向はれし丹波道主命(古事記には丹波比古多々須美知能宇斯王)の父にして、古事記に據れば、父子並び進んで此の方面に向はれし趣に見ゆるが故に、此の國造が其の御子の後裔と云ふは恐らく事實なるべし。猶ほ彥多都彥とは多々須美知能字斯の事ならんかと云ふ、或は然るべし。古事記に彥多都の名なく、多部は多々須に外ならざればなり。その後仁德天皇朝頃の人に固幡國造阿良佐加比賣ありて播磨風土記に見ゆ。

姓氏家系大辞典 第1巻 239コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

因幡と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

因幡に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が因幡の前後にある名字です。

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