向畑
むかいはたMukaihata
全国8744位 ・ 約921人
向畑(むかいはた)は、伊勢・志摩などに存する地名である。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- むかいはた
- ローマ字
- Mukaihata
- 全国順位
- 全国8744位
- 推計人数
- 約921人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
向畑をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Mukaihata読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 志摩国(三重県)
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 信濃国(長野県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
向畑(むかいはた)は、伊勢(三重県)・志摩(三重県)などに存する地名である。武蔵(東京都・埼玉県)にも存するという。その子・監物盛重は天正三年の長篠合戦で戦死し、その男・三右衛門正盛は徳川氏に仕えた。家紋は隅切り角に梶の葉、右巴。 (このあと原文は次の見出し「向山」の記事に移る) 【4】伊那の向山氏 ― 信濃国(長野県)上伊那郡手良(古くは互良)に向山出雲守の館跡がある。その先は武田氏の属将・昌保で、甲州(山梨県)八代郡下曾根のうち向山に居を構え、在名を名字とした郷士であった。永禄五年六月、武田勝頼に従って入部し、天正十年、主家とともに没落したという(「甲陽記」および郡記)。 【5】秀郷流藤原姓 ― 内藤義○の五世孫・政親の子、政森を祖とするという。 【6】平姓仲氏族 ― 入間郡の豪族で、長宮社の天文二十三年四月二十一日の棟札に「大旦那宮寺惣地頭豊後入道沙弥芳金、嫡子議人佐、末子向山勘解由左衛門尉高行」と見え、仲・古尾谷などの項を見よ。のち永禄年中、この地の奉行に向山甚五郎があった。また橘樹郡にもあり、小田原役帳に「小机のうち、仏餉二十三貫百二十四文向山」とある。 【7】雑載 ― 「武鑑」の伯太渡辺藩用人にこの氏が見え、また越前(福井県)・加賀(石川県)・摂津(大阪府・兵庫県)・山城(京都府)・伊勢・志摩・武蔵などに存する。また讃岐大内郡三本松の人・向山周慶政章は製糖の法を改良し、国益を増した。 (このあと原文は見出し「牟岐(むぎ)」の記事に移る) 牟岐(むぎ)は、阿波国(徳島県)海部郡(那賀郡)平岐邑から起こる。「細川国家記」に牟岐勘右衛門・牟木勘右衛門などを載せ、「故城記」に「海部郡分、牟岐殿、平氏、釘貫座」と見える。 (このあと原文は見出し「牟木(むぎ)」の記事に移る) 牟木(むぎ)は、薩摩国(鹿児島県)の豪族で、建久八年の内裏大番参勤交名に牟木太郎を載せている。 (このあと原文は見出し「麦倉(むぎくら)」の記事に移る) 麦倉(むぎくら)は、上野国(群馬県)邑楽郡麦倉邑から起こる。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
向畑ムカフハタ伊勢、志摩等に存す。武蔵、周云ふ。其の子監物盛重·天正三年長篠戰死し、その男三右衞門正盛·德川氏に仕小。家教隅切角に梶葉、右巴。 4伊那の向山氏信濃國上伊那郡手良(古互良)に向山出雲守の館跡あり。其の先は武田氏の屬將昌保·甲州八代郡下曾根の内、向山に居前を構へ、在名の郷士たり。永祿五年六月、武田勝頼に從ひ入部、天正十年主家と共に沒落(甲陽記、及郡記)と。 5秀〓流藤原姓内藤義〓五世孫政親の子政森を祖とすと云ふ。 6平姓仲氏族入間郡の豪族にして、長宮社天文二十三年四月廿一日棟札に「大旦那宮寺惣地頭豐後入道沙彌芳金嫡子議人佐、末子向山勤解由左衞門尉高行」見ゅ、仲、古尾谷等の條を見よ。後永祿年同、此の地奉行に向山甚五郞あり。又橘樹郡に在りて、小田原役帳に「小机の内、佛餉二十三貫百二十四文向山」とあり。 7雜載武鑑、伯太渡邊藩用人に此の氏見え、また越前、加賀、攝津、山城、伊勢、志摩、武蔵等に存し、又讚岐大内郡三本松の人向山周慶政章は製糖の法を改良し、國益を増す。薩牟岐ムギ阿波國海部郡(那賀郡)平岐邑より起る。細川國家記に牟岐勘右衞門、牟木勘右衞門等を載せ、故城記に「海部郡分、申岐殿、平氏、釘貫座」と見ゆ。牟木ムギ薩摩國の豪族にして、建久八年の內裡大番參勤交名に本木太郞を載せたリ。麥倉ムギクラ上野國邑樂郡參倉邑より起る。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
向畑に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「向」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が向畑の前後にある名字です。
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