伊敷

いしきIshiki

全国5805位 ・ 約1,710人

伊敷(いしき)は、薩摩国鹿児島郡伊敷村から起こる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
いしき
ローマ字
Ishiki
全国順位
全国5805位
推計人数
約1,710人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

伊敷をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Ishiki読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 薩摩国(鹿児島県)
  • 大隅国(鹿児島県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

伊敷(いしき)は、薩摩国(鹿児島県)鹿児島郡伊敷村から起こる。貞観二年紀に載る伊爾色神社がある。この氏は鹿児島郡司平忠純の子孫で、長谷場・有馬などの諸氏と同族である。忠純は建久の図田帳に見える。肝属氏の祖である伴兼俊が、長元九年九月に大隅国(鹿児島県)肝属郡を賜り、同郡高山に移ると、伊敷弥次郎忠純が代わって伴縁館に居ったと伝える。長元は後一条天皇の治世で、忠純は建久の人であるから時代が合わない。研究に値する。長谷場の項を見よ。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

伊敷イシキ薩摩國鹿兒島郡伊敷村より起る。貞觀二年紀所載の伊爾色神社あり。此の氏は鹿兒鳥郡司平忠純の族裔にして、長谷場、有馬等の諸氏と同族なり。忠純は建久の圖田輾に見ゆ。肝屬氏の祖伴兼俊、長元九年九月大隅國肝屬郡を賜はり、同郡高山に移るや、伊敷彌次郞忠純代りて伴緣館に居ると傳ふ。長元は後一條天皇の治世にして、忠純は建久の人なれば時代合はず。研究に値すべし、長谷場條を見よ。

姓氏家系大辞典 第1巻 171コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

同じ読みの名字

伊敷と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。

同じ漢字を使う名字

伊敷に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

同じくらいの多さの名字

全国順位が伊敷の前後にある名字です。

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