舎人親王

とねりしんのう

676年〜735年

古代生まれ

皇族

舎人親王(とねりしんのう)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての皇親・政治家。

基本情報

生年
676年
没年
735年
時代
古代
肩書
皇族
出典
天武天皇の家系図

この人について

舎人親王(とねりしんのう)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての皇親・政治家。天武天皇の第六皇子で、淳仁天皇(淡路廃帝)の父。天武天皇の諸皇子の中で最後まで生き残り、奈良時代前期に長屋王とともに皇親勢力の中心的存在として重用された。『日本書紀』編修事業の総裁を務めたことでも知られる。名は舎人皇子(とねりのみこ)とも記され、薨後に淳仁の父として崇道尽敬皇帝(すどうじんきょうこうてい)の諡号を贈られた。子孫の清原氏は高市皇子裔の高階氏とともに、天武系の後裔氏族として長く血脈が続いた。

この略歴はウィキペディア日本語版「舎人親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

舎人親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

十市皇女高市皇子大来皇女草壁皇子大津皇子田形皇女舎人親王長皇子弓削皇子但馬皇女新田部親王穂積皇子紀皇女忍壁皇子磯城皇子泊瀬部皇女託基皇女額田王藤原氷上娘持統天皇大田皇女宍人かじ媛娘天武天皇蘇我大蕤娘大江皇女新田部皇女藤原五百重娘胸形尼子娘
十市皇女
第一皇女
大友皇子妃
653年678年
高市皇子
第一皇子
太政大臣
654年696年
大来皇女
第二皇女
伊勢斎宮
661年701年
草壁皇子
第二皇子
皇太子
662年689年4月13日
大津皇子
第三皇子
皇族
663年686年10月3日
田形皇女
皇女
伊勢斎宮
675年728年
舎人親王
第六皇子
皇族
676年735年
長皇子
第七皇子
皇族
715年
弓削皇子
第九皇子
皇族
699年
但馬皇女
皇女
高市皇子妃
708年
新田部親王
第十皇子
皇族
735年
穂積皇子
第五皇子
皇族
715年
紀皇女
皇女
皇族
忍壁皇子
第四皇子
知太政官事
705年
磯城皇子
皇子
皇族
泊瀬部皇女
皇女
川島皇子妃
741年
託基皇女
皇女
志貴皇子妃
751年
額田王
天武天皇の嬪
藤原氷上娘
天武天皇の夫人
持統天皇
第二皇女
第41代天皇
645年703年1月13日
大田皇女
天武天皇の妃
宍人かじ媛娘
天武天皇の嬪
天武天皇
第40代天皇
631年頃686年
蘇我大蕤娘
天武天皇の夫人
大江皇女
天武天皇の妃
新田部皇女
天武天皇の妃
藤原五百重娘
天武天皇の夫人
胸形尼子娘
天武天皇の嬪
100%

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家族

父母

兄弟姉妹

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年表:舎人親王と、その時代

この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。

この人世の中
  1. 古代

    誕生
  2. 藤原京に都が移る
  3. 大宝律令が定められる
  4. 和同開珎がつくられる
  5. 平城京に都が移る
  6. 古事記がまとめられる
  7. 日本書紀がまとめられる
  8. 三世一身法が出される

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

載っている家系図

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