田形皇女
たがたのひめみこ
675年〜728年
伊勢斎宮
田形皇女/内親王(たかたのひめみこ)は、天武天皇の皇女、母は夫人(おほとじ)大蕤娘(蘇我赤兄女)。
基本情報
- 生年
- 675年
- 没年
- 728年
- 時代
- 古代
- 肩書
- 伊勢斎宮
- 出典
- 天武天皇の家系図
この人について
田形皇女/内親王(たかたのひめみこ)は、天武天皇の皇女、母は夫人(おほとじ)大蕤娘(蘇我赤兄女)。同母兄姉に穂積皇子(親王)と紀皇女がいる。伊勢斎宮。
慶雲3年(706年)8月29日、当の斎宮泉内親王に替わる次の斎宮に卜定された。伊勢への群行や退下の時期は明らかではないが、平城京に帰ったのは慶雲4年(707年)6月15日の文武天皇の崩御後とみられる。その後正四位上六人部王(身人部王)と結婚して笠縫女王を産んだ。神亀元年(724年)2月6日に二品に叙せられる。同5年(728年)3月5日に薨じた。
この略歴はウィキペディア日本語版「田形皇女」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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家族
兄弟姉妹
- 十市皇女653年〜678年
- 高市皇子654年〜696年
- 大来皇女661年〜701年
- 草壁皇子662年〜689年
- 大津皇子663年〜686年
- 舎人親王676年〜735年
- 磯城皇子
- 紀皇女
- 弓削皇子699年没
- 新田部親王735年没
- 託基皇女751年没
- 但馬皇女708年没
- 長皇子715年没
- 忍壁皇子705年没
- 泊瀬部皇女741年没
- 穂積皇子715年没
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年表:田形皇女と、その時代
年表の見方
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この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 675年誕生
- 728年死去
日本の出来事
- 694年藤原京に都が移る
- 701年大宝律令が定められる
- 708年和同開珎がつくられる
- 710年平城京に都が移る
- 712年古事記がまとめられる
- 720年日本書紀がまとめられる
- 723年三世一身法が出される
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、田形皇女の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、田形皇女がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
39人
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