基本情報
- 没年
- 1108年
- 名字
- 源
- 肩書
- 平安時代後期の武将
- 出典
- 源為義の家系図、源義親の家系図
この人について
源 義親(みなもとの よしちか、生年不詳 - 嘉承3年1月19日〈1108年3月3日〉)は、平安時代後期の武将。源義家の次男。
河内源氏3代目棟梁・源義家の嫡男だったが、対馬守に任じられたときに九州で略奪を働き、官吏を殺害したため、隠岐国へ流された。だが、出雲国へ渡って再び官吏を殺して官物を奪ったため、平正盛の追討を受けて誅殺された(源義親の乱)。剛勇の義親が簡単に討たれたことを人々は疑い、その後に幾度も義親を名乗る者が現れている。
この略歴はウィキペディア日本語版「源義親」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
源義親を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
京都郊外の橋本の遊女
波多野義通妹
常盤御前
平安時代末期の女性
六条大夫重俊娘
源義賢の母
賀茂成宗の娘
六条大夫重俊の娘
江口の遊女
遊女
源為義
四男?
平安時代末期の武将
1096年〜1156年
藤原忠清の娘
源基実の娘
不詳
由良御前
女子の三番目
平安時代末期の女性
〜1159年
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遠江国池田宿遊女
青墓長者大炊
源義家
長男
武将
1039年〜1106年8月4日
源義信
長男
対馬太郎・従四位下左兵衛佐
源義俊
次男
対馬次郎・右馬允
源義泰
三男
対馬三郎・民部丞・伊予介
源義行
五男(四男)
対馬四郎・兵庫允・伊予介
源宗清
六男(五男)
従五位下伊勢守・兵庫允
源頼純
塩谷氏の祖とされる人物
高階基実の娘
源義親
次男
平安時代後期の武将
〜1108年3月3日
100%
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家族
同じ名前の別の方
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1108年没・源義家の家系図
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