源為義

みなもと ためよし

1096年〜1156年

平安時代生まれ

武将

源 為義(みなもと の ためよし)は、平安時代末期の武将。

基本情報

生年
1096年
没年
1156年
時代
平安時代
名字
肩書
武将
出典
源頼朝の家系図

この人について

源 為義(みなもと の ためよし)は、平安時代末期の武将。一般的には祖父が源義家、父が源義親とされるが、義家を父とする説もある(後記)。叔父(義家を父とした場合は兄)の源義忠暗殺後に河内源氏の棟梁と称す。通称は六条判官、陸奥四郎。源頼朝・源義経・源範頼・源義仲らの祖父。

当初は白河法皇・鳥羽上皇に伺候するが度重なる不祥事で信任を失い、検非違使を辞任する。その後、摂関家の藤原忠実・頼長父子に接近することで勢力の回復を図り、従五位下左衛門大尉となって検非違使への復帰を果たすが、八男の源為朝の乱行により解官となる。保元の乱において崇徳上皇方の主力として戦うが敗北し、後白河天皇方についた長男の源義朝の手で処刑された。

この略歴はウィキペディア日本語版「源為義」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

源為義を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

由良御前源義朝藤原忠清の娘源為義
由良御前
三女
1159年
源義朝
長男
武将・河内源氏棟梁
1123年1160年2月11日
藤原忠清の娘
源為義
武将
1096年1156年
100%

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家族

年表:源為義と、その時代

この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。

この人世の中
  1. 平安時代

    誕生
  2. 子 源義朝 誕生
  3. 中尊寺金色堂が建てられる
  4. 保元の乱が起こる

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

載っている家系図

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