渋川幸子

しぶかわ こうし

1332年〜1392年

鎌倉時代生まれ渋川

足利義詮の正室

渋川 幸子(しぶかわ こうし、元弘2年(1332年) - 明徳3年6月25日(1392年7月15日))は、室町幕府の第2代将軍・足利義詮の正室。

基本情報

生年
1332年
没年
1392年7月15日 同じ日の人物 →
時代
鎌倉時代
名字
渋川
肩書
足利義詮の正室
出典
赤橋登子の家系図、足利義詮の家系図

この人について

渋川 幸子(しぶかわ こうし、元弘2年(1332年) - 明徳3年6月25日(1392年7月15日))は、室町幕府の第2代将軍・足利義詮の正室。渋川義季の娘で母は北条朝房の娘。兄弟に渋川直頼。生年については元弘3年(1333年)説もある。法名は法観。号は香厳院殿。

この略歴はウィキペディア日本語版「渋川幸子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

渋川幸子を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

足利千寿王千寿王渋川幸子足利義詮
足利千寿王
長男
足利義詮の子
1351年〜1355年
千寿王
長男
1351年〜1355年
渋川幸子
足利義詮の正室
1332年〜1392年7月15日
足利義詮
長男
室町幕府第2代征夷大将軍
1330年〜1367年12月28日
100%

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家族

年表:渋川幸子と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
鎌倉時代
室町時代
1335
1340
1345
1350
1355
1360
1365
1370
1375
1380
1385
1390

本人

  1. 1332年誕生
  2. 1351年子・千寿王 誕生
  3. 1351年子・足利千寿王 誕生
  4. 1392年7月死去

日本の出来事

  1. 1333年鎌倉幕府が滅びる
  2. 1334年建武の新政が始まる
  3. 1336年足利尊氏が建武式目を定める
  4. 1338年足利尊氏が征夷大将軍になる
  5. 1350年観応の擾乱が起こる
  6. 1368年足利義満が将軍になる
  7. 1392年南朝と北朝が一つに戻る
年表を一覧で読む
渋川幸子と日本の出来事(年の順)
1332年本人:誕生
1333年日本の出来事:鎌倉幕府が滅びる
1334年日本の出来事:建武の新政が始まる
1336年日本の出来事:足利尊氏が建武式目を定める
1338年日本の出来事:足利尊氏が征夷大将軍になる
1350年日本の出来事:観応の擾乱が起こる
1351年本人:子・千寿王 誕生
1351年本人:子・足利千寿王 誕生
1368年日本の出来事:足利義満が将軍になる
1392年日本の出来事:南朝と北朝が一つに戻る
1392年7月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、渋川幸子の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、渋川幸子がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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