伏見宮貞敬親王

ふしみのみや さだたかしんのう

1841年没

江戸時代の皇族、伏見宮第19代当主

伏見宮貞敬親王は、1841年没の記録がある方です。

基本情報

没年
1841年
名字
伏見宮
肩書
江戸時代の皇族、伏見宮第19代当主
出典
伏見宮貞敬親王の家系図

この人について

伏見宮貞敬親王は、1841年没の記録がある方です。肩書は「江戸時代の皇族、伏見宮第19代当主」と記されています。伏見宮邦頼親王の子です。この図鑑では、配偶者の一条輝子、子の尊宝法親王・師子女王・日尊女王ほか16人がつながっています。公開されている1件の家系図に載っています。

この略歴は、公開されている家系図に書かれている内容(生没年・肩書・本籍・続柄・家族)から組み立てたものです。書かれていないことは載せていません。本籍・出身地は、作成者が公開を選んだ家系図でのみ表示されます。

家系図(近い家族)

伏見宮貞敬親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

尊宝法親王師子女王某王日尊女王種子女王増子女王宗諄女王隆子女王尊常法親王和宮煥宮佐那宮某王正宮泰宮某王某女王芳宮成淳女王一条輝子伏見宮貞敬親王伏見宮邦頼親王
尊宝法親王
第2王子
皇族、青蓮院門跡、223世天台座主
1804年〜1832年
師子女王
第1王女
皇族
1805年〜1833年
某王
第3王子
皇族、普照院
1806年〜
日尊女王
第3王女
皇族、瑞龍寺門跡
1807年〜1868年
種子女王
第6王女
皇族、錦織寺歓慈常厳室
1810年〜1863年
増子女王
第8王女
皇族、東本願寺光浄宝如室
1815年〜1859年
宗諄女王
第9王女
皇族、霊鑑寺門跡
1816年〜1891年
隆子女王
第11王女
皇族
1818年〜1860年
尊常法親王
第8王子
皇族、一乗院門跡
1818年〜1836年
和宮
第9王子
皇族
1819年〜
煥宮
第12王子
皇族
1821年〜
佐那宮
第13王子
皇族
1822年〜1823年
某王
第14王子
皇族、戒珠院
1822年〜
正宮
第12王女
皇族
1823年〜
泰宮
第13王女
皇族
1824年〜
某王
第15王子
皇族、証妙楽院
1824年〜
某女王
第16王女
皇族
1828年〜
芳宮
第18王女
皇族
1831年〜
成淳女王
第19王女
皇族、中宮寺門跡
1834年〜1865年
一条輝子
貞敬親王の御息所
伏見宮貞敬親王
江戸時代の皇族、伏見宮第19代当主
〜1841年
伏見宮邦頼親王
皇族
100%

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家族

配偶者

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同じ名前の別の方

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