魚住
うおずみUozumi
全国1947位 ・ 約7,910人
魚住(うおずみ・なずみ)は、播磨国明石郡魚住庄から起こる。
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- うおずみ
- ローマ字
- Uozumi
- 全国順位
- 全国1947位
- 推計人数
- 約7,910人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
魚住をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Uozumi読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「魚住」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
藤
藤の花房を二つ、垂らして描いた図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 317コマに「家紋上藤丸、と見ゆ」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 播磨国(兵庫県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
魚住(うおずみ・なずみ)は、播磨国(兵庫県)明石郡魚住庄から起こる。古の名寸隅の地である。赤松氏の一族というが、ほかに異流も存する。 【1】赤松氏流 ― 「太平記」巻三十二に、魚角大夫房が国征伐の時(赤松配下)とあり、「廳仁記」巻二に赤松衆として魚住が見え、三木の別所長治に属し、「月記」に魚住彦四郎とあって名族であったことが知られる。別所氏とともに滅んだ。 魚住主計助を載せた天正八年、秀吉の……(中略)今に至り、また忠純の……現今魚住村で魚住姓を名乗る者の子孫は、同国広峰神社の宮祝を継いだ(この前後、原文の行が崩れて読み取れない)。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
魚住ウヲズミナズミ播磨國明石郡魚住庄より起る。古の名寸隅の地なり。赤松氏の族と云へど他に異流も存す。 1赤松氏流太平記卷卅二に魚角大夫房國征伐の時、(赤松配下)廳仁記卷二に赤松衆魚住、リ、三木の別所長治に屬し、月記に魚住彥四郞、名族たりしを知るべし。別所氏と共に亡ぶ。魚住主計助を載せた天正八年秀吉中吉治に至リ又忠純上現今魚住村にて魚住姓を名乘る者は〓ねの子孫は同國廣峰神社の宮祝を襲せり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
魚住に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「魚」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が魚住の前後にある名字です。
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