青沼
あおぬまAonuma
全国2555位 ・ 約5,500人
青沼(あおぬま)は、青沼という地名は「和名抄」甲斐国巨摩郡青沼郷(あおぬま)、信濃国佐久郡青沼郷をはじめとして少なくないが、この氏は甲斐の青沼から起こったもので…
この名字はまだ図鑑に載っていません
基本情報
- 読み
- あおぬま
- ローマ字
- Aonuma
- 全国順位
- 全国2555位
- 推計人数
- 約5,500人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
青沼をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Aonuma読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
この名字に記録のある家紋
『姓氏家系大辞典』の「青沼」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
花菱
四弁の花を、菱形になるように組んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 12コマに「家紋花菱」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 甲斐国(山梨県)
- 信濃国(長野県)
- 駿河国(静岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
青沼(あおぬま)は、青沼という地名は「和名抄」甲斐国(山梨県)巨摩郡青沼郷(あおぬま)、信濃国(長野県)佐久郡青沼郷をはじめとして少なくないが、この氏は甲斐の青沼から起こったものである。清和源氏逸見氏の一族という。一蓮寺過去帳に明応五年十月二十八日、見一房・青沼右京などが見える。家紋は花菱。 「寛政系譜」には、初め逸見を称し、昌世のときに甲斐国青沼の郷を領したことから家号を青沼に改めたとある。家紋は刻み菱で、支流の家を二家載せる。また「青沼家記」には「駿州(静岡県)興国寺城主・青沼飛騨守業久の男である青沼助兵衛尉昌業の後胤である」などという。……(この先は原文の行が崩れて読み取れない) (このあと原文は次の見出し「青墓」の記事に移る) 青墓(あおはか)は、美濃国(岐阜県)不破郡青墓から起こる。青墓の長者は史上に名がある。おそらく不破韓族の裔か。 「名細記」によれば、「保元物語」に美濃国の住人・平野平太(巻の二)とあるのは内記平太行遠の誤りで、その娘の一人は六条判官為義の妾となり、四子を生み、一人は大炊といって青墓の駅の長の家を保ったという。 また同書巻の三、義朝の幼少の弟がことごとく失われる事の条に「内記平太」とあるのは、美濃国の住人・内記平大夫行遠の子で、青墓の大炊の弟であるというが、果たして事実であるかどうかは詳らかでない。……(中略)ゆえに左与麻(義朝)が都鄙を上下するたびに、いつもこの所に止宿させたので、大炊は御寵愛を受けた者であった。よって、その旧好を重んぜられたゆえかと記している。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
靑沼アヲヌマ青沼なる地名は和名抄甲斐國巨摩郡靑沼〓(安乎奴萬)、信濃國佐久郡靑沼〓を始めとして尠からざれど、止つ氏は甲斐の靑沼より起りしなり。〓和源氏逸見氏の一族と云ふ。一蓮寺過去帳に明應五年十月廿八日、見一房·青沼右京など見えたり。家紋花菱。寛政系譜には初め逸見を稱し、昌世が時甲斐國靑沼の郷を領せしより家號を靑沼に改むと。家紋刻菱、支流の家二を載す。又青沼家記には「駿州興國寺城主靑沼飛驒守業久の男靑沼助兵衛尉昌業の後胤なり」など云ふ。せず。靑墓アヲハカ美渡國不破郡青墓より起る。青墓の長者·史上に名あり。蓋し不破韓族の裔か。名細記に據れば、保元物語に美濃國の住人平野平太(卷の二)とあるは内記平太行違の事にて、其女一人は六條判官爲義の妾と爲り、四子を生む、一人大炊と云ひ青墓の驛の長の家を保つと云ひ、又同書卷の三、義朝幼少の弟悉く失はるゝ事の條に、內記平太とあるは、美濃國住人內記平大夫ゆきとをが子靑墓の大炊が弟也と云んぐ、果して事實なるや否や詳かならず。……故左與麻(義朝)都鄙上下此處に向ふ、毎度此の所に止宿せしめ給ふの間大炊は御寵物たりしなり。仍りて彼の舊好藤を重んぜらるゝの故か」と記せり。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ漢字を使う名字
青沼に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「青」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が青沼の前後にある名字です。
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