高志内親王
こしないしんのう
789年〜809年
古代生まれ
大伴親王(淳和天皇)妃
高志内親王(こしないしんのう、延暦8年(789年) - 大同4年5月7日(809年6月23日))は、第50代桓武天皇の皇女。
基本情報
- 生年
- 789年
- 没年
- 809年
- 時代
- 古代
- 肩書
- 大伴親王(淳和天皇)妃
- 出典
- 桓武天皇の家系図
この人について
高志内親王(こしないしんのう、延暦8年(789年) - 大同4年5月7日(809年6月23日))は、第50代桓武天皇の皇女。母は皇后藤原乙牟漏。大伴親王(後の第53代淳和天皇)の妃。同母兄に平城天皇、嵯峨天皇。贈皇后。贈一品。
この略歴はウィキペディア日本語版「高志内親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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平城天皇
第一皇子
第51代天皇
774年9月25日〜824年8月5日
恒世親王
第一皇子
淳和天皇皇子
805年〜826年
高志内親王
第二皇女
大伴親王(淳和天皇)妃
789年〜809年
淳和天皇
第五皇子
第53代天皇
786年〜840年6月11日
嵯峨天皇
第四皇子
第52代天皇
786年10月3日〜842年8月24日
藤原乙牟漏
桓武天皇皇后
760年〜790年
桓武天皇
長男
第50代天皇
737年〜806年
藤原旅子
桓武天皇夫人
759年〜788年
100%
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家族
年表:高志内親王と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 古代 | 平安時代 | |
|---|---|---|
| この人 |
|
|
| 世の中 |
|
年この人世の中
古代
誕生平安時代
平安京に都が移る- 坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
- 胆沢城が築かれアテルイが降る
- 子 恒世親王 誕生最澄が天台宗を開く
- 空海が唐から帰り真言宗を開く
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
18人
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