足利義持
あしかが よしもち
1386年〜1428年
室町幕府第4代征夷大将軍
足利 義持(あしかが よしもち)は、室町幕府の第4代征夷大将軍(在任:応永元年12月17日(1394年1月8日) - 応永30年3月18日(1423年4月28日))。
基本情報
- 生年
- 1386年
- 没年
- 1428年
- 時代
- 室町時代
- 名字
- 足利
- 肩書
- 室町幕府第4代征夷大将軍
- 出典
- 足利義満の家系図
この人について
足利 義持(あしかが よしもち)は、室町幕府の第4代征夷大将軍(在任:応永元年12月17日(1394年1月8日) - 応永30年3月18日(1423年4月28日))。第3代将軍・足利義満の嫡男。母は側室の藤原慶子。
応永元年(1394年)12月17日に将軍職を継承するものの、義満の生前は実権を持たなかった。しかし、義満没後は幕府の様々な場面で義満とは異なる独自の政策を実施した(→#政策)。義持の治世中には、明との外交関係断絶、応永の外寇、上杉禅秀の乱や異母弟義嗣の殺害、鎌倉公方足利持氏との対立など、重大な政治的事件や争乱が発生したが、義持は室町幕府の歴代将軍の中では比較的安定した政権を築き上げた。将軍在職28年は室町将軍中では最長である。
この略歴はウィキペディア日本語版「足利義持」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
足利義持を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
ドラッグで移動、ホイール・ピンチやボタンで拡大縮小できます。人物をタップすると詳細が開きます。
家族
年表:足利義持と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 室町時代 | |
|---|---|
| この人 |
|
| 世の中 |
|
室町時代
誕生- 南朝と北朝が一つに戻る
- 足利義満が金閣を建てる
- 世阿弥が風姿花伝を書き始める
- 明との勘合貿易が始まる
- 応永の外寇。朝鮮軍が対馬を襲う
- 没正長の土一揆が起こる
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
21人
この人物ページは、みなさんが公開を選んだ家系図の記録だけでできています。ご存命の方の情報は自動的に伏せていますが、掲載の取消や名前を伏せるご希望は、いつでも承ります。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
スポンサーリンク
