赤橋登子
あかはし とうし
1306年〜1365年
鎌倉時代生まれ赤橋
足利尊氏の正室
赤橋 登子(あかはし とうし / なりこ、徳治元年(1306年) - 貞治4年5月4日(1365年5月25日))は、鎌倉時代から南北朝にかけての女性。
基本情報
- 生年
- 1306年
- 没年
- 1365年
- 時代
- 鎌倉時代
- 名字
- 赤橋
- 肩書
- 足利尊氏の正室
- 出典
- 足利義満の家系図、足利尊氏の家系図
この人について
赤橋 登子(あかはし とうし / なりこ、徳治元年(1306年) - 貞治4年5月4日(1365年5月25日))は、鎌倉時代から南北朝にかけての女性。室町幕府初代将軍・足利尊氏の正室。
この略歴はウィキペディア日本語版「赤橋登子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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紀良子
足利義詮の側室
1336年〜1413年8月9日
足利義詮
三男
室町幕府第2代征夷大将軍
1330年〜1367年12月28日
足利基氏
男子
初代鎌倉公方
1340年〜
足利鶴王
女子
崇光天皇后妃(擬)
赤橋登子
足利尊氏の正室
1306年〜1365年5月25日
足利尊氏
次男
室町幕府初代征夷大将軍
1305年〜1358年
100%
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家族
年表:赤橋登子と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 鎌倉時代 | 室町時代 | |
|---|---|---|
| この人 |
|
|
| 世の中 |
|
|
年この人世の中
鎌倉時代
誕生- 正中の変が起こる
- 子 足利義詮 誕生
- 元弘の変が起こる
- 鎌倉幕府が滅びる
- 建武の新政が始まる
室町時代
足利尊氏が建武式目を定める- 足利尊氏が征夷大将軍になる
- 子 足利基氏 誕生
- 観応の擾乱が起こる
- 没
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載っている家系図
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