覚法法親王

かくほう ほうしんのう

1092年〜1153年

平安時代生まれ覚法

仁和寺門跡

覚法法親王(かくほうほっしんのう、寛治5年12月29日(1092年2月9日) - 仁平3年12月6日(1153年12月22日))は、平安時代後期の皇族・僧。

基本情報

生年
1092年
没年
1153年
時代
平安時代
名字
覚法
肩書
仁和寺門跡
出典
後三条天皇の家系図

この人について

覚法法親王(かくほうほっしんのう、寛治5年12月29日(1092年2月9日) - 仁平3年12月6日(1153年12月22日))は、平安時代後期の皇族・僧。白河天皇の第四皇子。母は源顕房の娘師子。真言宗仁和寺第四世門跡。高野御室・勝蓮華寺獅子王宮とも称される。

この略歴はウィキペディア日本語版「覚法法親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

覚法法親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

敦文親王覚行法親王媞子内親王善子内親王令子内親王善仁親王堀河天皇禛子内親王覚法法親王恂子内親王聖恵法親王行慶円行静証貞仁親王藤原賢子白河天皇
敦文親王
第一皇子
親王
1075年1077年
覚行法親王
第二皇子
仁和寺門跡
1075年1105年
媞子内親王
第一皇女
伊勢斎宮
1076年1096年
善子内親王
第二皇女
伊勢斎宮
1076年1131年
令子内親王
第三皇女
賀茂斎院
1078年1144年
善仁親王
第三皇子
第73代天皇
1079年1107年
堀河天皇
第三皇子
第73代天皇
1079年8月8日1107年8月9日
禛子内親王
第四皇女
斎院
1081年1156年
覚法法親王
第四皇子
仁和寺門跡
1092年1153年
恂子内親王
第六皇女
斎宮
1093年1132年
聖恵法親王
第五皇子
法親王
1094年1137年
行慶
第七皇子
大僧正
1101年1165年
円行
第八皇子
1128年1143年
静証
第六皇子
貞仁親王
第一皇子
第72代天皇
1053年7月7日1129年7月24日
藤原賢子
中宮
1057年1084年
白河天皇
第一皇子
第72代天皇・法皇
1053年1129年
100%

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家族

年表:覚法法親王と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
平安時代
1095
1100
1105
1110
1115
1120
1125
1130
1135
1140
1145
1150

本人

  1. 1092年誕生
  2. 1153年死去

日本の出来事

  1. 1124年中尊寺金色堂が建てられる
年表を一覧で読む
覚法法親王と日本の出来事(年の順)
1092年本人:誕生
1124年日本の出来事:中尊寺金色堂が建てられる
1153年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、覚法法親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、覚法法親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

同じ名前の別の方

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