紀良子
きの りょうし
1336年〜1413年
室町時代生まれ紀
足利義詮の側室
紀 良子(きの りょうし/きの よしこ、建武3/延文元年(1336年) - 応永20年7月13日(1413年8月9日))は、南北朝時代から室町時代の女性。
基本情報
- 生年
- 1336年
- 没年
- 1413年
- 時代
- 室町時代
- 名字
- 紀
- 肩書
- 足利義詮の側室
- 出典
- 足利義満の家系図
この人について
紀 良子(きの りょうし/きの よしこ、建武3/延文元年(1336年) - 応永20年7月13日(1413年8月9日))は、南北朝時代から室町時代の女性。室町幕府の2代将軍:足利義詮の側室で、3代将軍:足利義満や、その弟:満詮の生母。「北向」と号される。石清水八幡宮検校善法寺通清の娘。
良子の母である智泉尼聖通が、順徳天皇の皇子:四辻宮善統親王の孫に当たるとも云われたため、義満の皇胤説が生まれたとされたり、皇室への対応の原因ともされたりするが、系譜の真偽は定かではなく、義満の動向に自身の母系が皇胤であると窺える史料は確認されていない。
この略歴はウィキペディア日本語版「紀良子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
紀良子を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
池尻殿
足利義満の側室
〜1426年
加賀局
〜1422年
日野康子
足利義満の継室
1369年〜1419年
藤原慶子
足利義満の側室
1358年〜1399年
足利義満
三男
室町幕府第3代征夷大将軍
1358年〜1408年
日野業子
足利義満の正室
1351年〜1405年8月5日
春日局
足利義満の中臈(側室)
藤原誠子
足利義満の側室
〜1426年
紀良子
足利義詮の側室
1336年〜1413年8月9日
足利義詮
三男
室町幕府第2代征夷大将軍
1330年〜1367年12月28日
善法寺通清
石清水八幡宮検校
100%
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家族
年表:紀良子と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 室町時代 | |
|---|---|
| この人 |
|
| 世の中 |
|
年この人世の中
室町時代
誕生足利尊氏が建武式目を定める- 足利尊氏が征夷大将軍になる
- 観応の擾乱が起こる
- 子 足利義満 誕生
- 足利義満が将軍になる
- 南朝と北朝が一つに戻る
- 足利義満が金閣を建てる
- 世阿弥が風姿花伝を書き始める
- 明との勘合貿易が始まる
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
21人
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