基本情報
- 生年
- 1182年
- 没年
- 1204年
- 時代
- 平安時代
- 名字
- 源
- 肩書
- 鎌倉幕府二代将軍
- 出典
- 源頼朝の家系図
この人について
源 頼家(みなもと の よりいえ)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府第2代将軍(鎌倉殿)。鎌倉幕府を開いた源頼朝の嫡男で、母は北条政子(頼朝の子としては第3子で次男、政子の子としては第2子で長男)。
父・頼朝の死により18歳で家督を相続し、鎌倉幕府の第2代鎌倉殿、更に3年半後に征夷大将軍となる。母方の北条氏を中心として十三人の合議制がしかれ、頼家の独断は抑えられたとされるが、当事者である北条氏の史書の記録のみでしか確認できていない。
この略歴はウィキペディア日本語版「源頼家」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
源頼家を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
千鶴丸
長男?
大姫
長女
源頼家
長男
鎌倉幕府二代将軍
1182年〜1204年
三幡
次女
〜1199年
貞暁
次男
源実朝
三男
鎌倉幕府三代将軍
1192年〜1219年
大進局
北条政子
長女
尼将軍
1157年〜1225年8月16日
源頼朝
三男
鎌倉幕府初代征夷大将軍
1147年〜1199年
八重姫
三女
亀の前
100%
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家族
兄弟姉妹
- 源実朝1192年〜1219年
- 三幡1199年没
- 千鶴丸
- 大姫
- 貞暁
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年表:源頼家と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 平安時代 | 鎌倉時代 | |
|---|---|---|
| この人 |
|
|
| 世の中 |
|
|
年この人世の中
平安時代
誕生- 平氏が都を落ちる
鎌倉時代
壇ノ浦の戦いで平氏が滅びる/国ごとに守護、荘園に地頭が置かれる- 奥州藤原氏が滅びる
- 栄西が宋から帰り禅を伝える
- 源頼朝が征夷大将軍になる
- 源頼朝が没する
- 北条時政が執権となる
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
21人
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