淳和天皇

じゅんな てんのう

786年〜840年

古代生まれ淳和

第53代天皇

淳和天皇(じゅんなてんのう、786年〈延暦5年〉- 840年6月11日〈承和7年5月8日〉)は、日本の第53代天皇(在位:823年5月29日〈弘仁14年4月16日〉- 833年3月22日〈天長10年2月28日〉)。

基本情報

生年
786年
没年
840年6月11日 同じ日の人物 →
時代
古代
名字
淳和
肩書
第53代天皇
出典
恒貞親王の家系図、藤原旅子の家系図、正子内親王の家系図、藤原百川の家系図、橘嘉智子の家系図、桓武天皇の家系図

この人について

淳和天皇(じゅんなてんのう、786年〈延暦5年〉- 840年6月11日〈承和7年5月8日〉)は、日本の第53代天皇(在位:823年5月29日〈弘仁14年4月16日〉- 833年3月22日〈天長10年2月28日〉)。諱は大伴(おおとも)。西院帝ともいう。

桓武天皇の第七皇子。母は藤原百川の娘の旅子。平城天皇・嵯峨天皇の異母弟。

この略歴はウィキペディア日本語版「淳和天皇」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

淳和天皇を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

朝原内親王平城天皇恒世親王藤原愛発女伴恒貞親王藤原是雄女藤原愛発女恒貞親王藤原是雄女基貞親王恒統親王氏子内親王有子内親王崇子内親王同子内親王統敦子統忠子統尚子大野鷹子清原春子橘氏子丹墀池子高志内親王淳和天皇正子内親王永原原姫藤原潔子大中臣安子橘船子大伴親王(淳和天皇)嵯峨天皇葛井親王貞子内親王恒世親王氏子内親王有子内親王藤原正子坂上春子藤原乙牟漏桓武天皇藤原旅子酒人内親王山部親王
朝原内親王
第一皇女
伊勢斎王、平城天皇妃
779年〜817年4月25日
平城天皇
第一皇子
第51代天皇
774年9月25日〜824年8月5日
恒世親王
第一皇子
皇族
805年〜826年
藤原愛発女
皇族の妃
伴恒貞親王
第二皇子
平安時代初期の皇族・皇太子
825年〜884年
藤原是雄女
皇族の妃
藤原愛発女
恒貞親王
第二皇子
皇族
825年〜884年
藤原是雄女
基貞親王
第三皇子
皇族
827年〜869年
恒統親王
第四皇子
皇族
829年〜842年
氏子内親王
第一皇女
斎宮
〜885年
有子内親王
第二皇女?
皇族
〜862年
崇子内親王
第五皇女?
皇族
〜848年
同子内親王
第六皇女?
皇族
〜860年
統敦子
皇女
皇族
〜860年
統忠子
皇女
皇族
〜863年
統尚子
皇女
皇族
〜863年
大野鷹子
宮人
清原春子
宮人
橘氏子
女御
丹墀池子
宮人
高志内親王
第二皇女
皇族
789年〜809年
淳和天皇
第七皇子
第53代天皇
786年〜840年6月11日
正子内親王
第四皇女
皇族
810年〜879年
永原原姫
女御
藤原潔子
更衣
大中臣安子
宮人
橘船子
幸姫
大伴親王(淳和天皇)
第七皇子
第53代天皇
786年〜840年6月11日
嵯峨天皇
第五皇子
第52代天皇
786年10月3日〜842年8月24日
葛井親王
皇子
皇族
798年〜850年
貞子内親王
第三皇女?
皇族
1606年〜1675年
恒世親王
第一皇子
皇子
〜826年
氏子内親王
皇女
有子内親王
皇女
藤原正子
桓武天皇女御
坂上春子
桓武天皇妃
藤原乙牟漏
皇后
760年〜790年
桓武天皇
第一皇子
第50代天皇
737年〜806年
藤原旅子
長女
平安時代の貴族、桓武天皇の夫人
759年〜788年
酒人内親王
第三皇女
皇族
754年〜829年
山部親王
第一皇子
第50代天皇
737年〜806年4月9日
100%

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家族

年表:淳和天皇と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
平安時代
785
790
795
800
805
810
815
820
825
830
835
840

本人

  1. 786年誕生
  2. 805年子・恒世親王 誕生
  3. 825年子・恒貞親王 誕生
  4. 825年子・恒貞親王 誕生
  5. 825年子・伴恒貞親王 誕生
  6. 827年子・基貞親王 誕生
  7. 827年子・基貞親王 誕生
  8. 829年子・恒統親王 誕生
  9. 829年子・恒統親王 誕生
  10. 840年6月死去
  11. 1606年子・貞子内親王 誕生

日本の出来事

  1. 794年平安京に都が移る
  2. 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
  3. 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
  4. 805年最澄が天台宗を開く
  5. 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
  6. 810年薬子の変が起こる
年表を一覧で読む
淳和天皇と日本の出来事(年の順)
786年本人:誕生
794年日本の出来事:平安京に都が移る
797年日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
802年日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る
805年本人:子・恒世親王 誕生
805年日本の出来事:最澄が天台宗を開く
806年日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く
810年日本の出来事:薬子の変が起こる
825年本人:子・恒貞親王 誕生
825年本人:子・恒貞親王 誕生
825年本人:子・伴恒貞親王 誕生
827年本人:子・基貞親王 誕生
827年本人:子・基貞親王 誕生
829年本人:子・恒統親王 誕生
829年本人:子・恒統親王 誕生
840年6月本人:死去
1606年本人:子・貞子内親王 誕生
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、淳和天皇の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、淳和天皇がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

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