基本情報
- 生年
- 825年
- 没年
- 884年
- 時代
- 平安時代
- 名字
- 恒貞
- 肩書
- 皇太子(のち出家)
- 出典
- 淳和天皇の家系図、桓武天皇の家系図
この人について
恒貞親王(つねさだ しんのう)は、淳和天皇の第二皇子。仁明天皇の皇太子に立てられたが、承和9年(842年)の承和の変により、皇太子を廃された。後に出家して恒寂入道親王(ごうじゃく にゅうどうしんのう)となり、大覚寺の初祖となった。異称に亭子親王。
この略歴はウィキペディア日本語版「恒貞親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
恒貞親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
恒世親王
第一皇子
淳和天皇皇子
805年〜826年
藤原愛発女
恒貞親王
第二皇子
皇太子(のち出家)
825年〜884年
藤原是雄女
基貞親王
第三皇子
827年〜869年
恒統親王
第四皇子
829年〜842年
貞子内親王
第三皇女?
1606年〜1675年
氏子内親王
第一皇女
伊勢斎宮
〜885年
有子内親王
第二皇女?
〜862年
明子内親王
第七皇女
〜854年
良貞親王
第五皇子
〜848年
寛子内親王
第四皇女?
〜869年
崇子内親王
第五皇女?
〜848年
同子内親王
第六皇女?
〜860年
統敦子
皇女
従四位上
〜860年
統忠子
皇女
従四位上
〜863年
統尚子
皇女
従四位上
〜863年
橘船子
藤原潔子
清原春子
大中臣安子
大野鷹子
丹墀池子
高志内親王
第二皇女
皇族
789年〜809年
大伴親王(淳和天皇)
第七皇子
第53代天皇
786年〜840年6月11日
正子内親王
第四皇女
皇女
810年〜879年
淳和天皇
第五皇子
第53代天皇
786年〜840年6月11日
100%
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家族
兄弟姉妹
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年表:恒貞親王と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(恒貞親王)
日本の出来事
平安時代
825
830
835
840
845
850
855
860
865
870
875
880
885
本人
- 825年誕生
- 884年死去
日本の出来事
- 842年承和の変が起こる
- 866年応天門の変が起こる
年表を一覧で読む
| 825年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 842年 | 日本の出来事:承和の変が起こる |
| 866年 | 日本の出来事:応天門の変が起こる |
| 884年 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、恒貞親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、恒貞親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
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