小林一茶

こばやし いっさ

1763年〜1828年

江戸時代生まれ小林

俳人

小林 一茶(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日〈1763年6月15日〉- 文政10年11月19日〈1828年1月5日〉)は、日本の俳人。

基本情報

生年
1763年
没年
1828年
時代
江戸時代
名字
小林
肩書
俳人
出典
小林一茶の家系図

この人について

小林 一茶(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日〈1763年6月15日〉- 文政10年11月19日〈1828年1月5日〉)は、日本の俳人。本名は小林 弥太郎(こばやし やたろう)。一茶は俳号。別号は圯橋、菊明、新羅坊、亜堂。庵号は二六庵、俳諧寺。

信濃国柏原で中農の子として生まれた。15歳の時に奉公のために江戸へ出て、やがて俳諧と出会い、「一茶調」と呼ばれる独自の俳風を確立して松尾芭蕉、与謝蕪村と並ぶ江戸時代を代表する俳諧師の一人となった。

この略歴はウィキペディア日本語版「小林一茶」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

小林一茶を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

長男4人小林一茶くに小林弥五兵衛
長男4人
小林一茶
長男
俳人
1763年6月15日〜1828年1月5日
くに
小林弥五兵衛
柏原の農民
1733年〜
100%

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家族

子

  • 長男4人

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年表:小林一茶と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
江戸時代
1765
1770
1775
1780
1785
1790
1795
1800
1805
1810
1815
1820
1825

本人

  1. 1763年6月誕生
  2. 1828年1月死去

日本の出来事

  1. 1774年解体新書が出される
  2. 1782年天明の飢饉が始まる
  3. 1783年浅間山が噴火する
  4. 1787年松平定信の寛政の改革が始まる
  5. 1792年ラクスマンが根室に来航する
  6. 1798年本居宣長が古事記伝を完成させる
  7. 1800年伊能忠敬が蝦夷地の測量を始める
  8. 1808年間宮林蔵が樺太を調べる
  9. 1825年異国船打払令が出される
年表を一覧で読む
小林一茶と日本の出来事(年の順)
1763年6月本人:誕生
1774年日本の出来事:解体新書が出される
1782年日本の出来事:天明の飢饉が始まる
1783年日本の出来事:浅間山が噴火する
1787年日本の出来事:松平定信の寛政の改革が始まる
1792年日本の出来事:ラクスマンが根室に来航する
1798年日本の出来事:本居宣長が古事記伝を完成させる
1800年日本の出来事:伊能忠敬が蝦夷地の測量を始める
1808年日本の出来事:間宮林蔵が樺太を調べる
1825年日本の出来事:異国船打払令が出される
1828年1月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、小林一茶の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、小林一茶がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

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