小川宮

おがわのみや

1404年〜1425年

室町時代生まれ

皇族

小川宮(おがわのみや/こかわのみや、応永11年6月28日(1404年8月4日) - 応永32年2月16日(1425年3月6日))は、室町時代の日本の皇族。

基本情報

生年
1404年
没年
1425年
時代
室町時代
肩書
皇族
出典
後円融天皇の家系図

この人について

小川宮(おがわのみや/こかわのみや、応永11年6月28日(1404年8月4日) - 応永32年2月16日(1425年3月6日))は、室町時代の日本の皇族。後小松天皇の第2皇子。母は日野西資国の娘・光範門院日野西資子。同母兄弟に、兄の称光天皇、妹の理永女王がいる。諱は伝わらず『本朝皇胤紹運録』はただ「皇子」とのみ記す。追号は竜樹寺宮。

称光天皇の儲君に治定され、その後継者とされていた(『本朝皇胤紹運録』『薩戒記』)が、元服を待たずに死去した。

この略歴はウィキペディア日本語版「小川宮」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

小川宮を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

實仁親王小川宮理永女王日野西資子幹仁親王
實仁親王
第一皇子
称光天皇
1401年〜1428年
小川宮
第二皇子
皇族
1404年〜1425年
理永女王
第一皇女
女王
1406年〜1447年
日野西資子
光範門院
1384年〜1440年
幹仁親王
第一皇子
後小松天皇
1377年〜1433年
100%

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家族

年表:小川宮と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
室町時代
1390
1395
1400
1405
1410
1415
1420
1425
1430
1435
1440

本人

  1. 1404年誕生
  2. 1425年死去

日本の出来事

  1. 1404年明との勘合貿易が始まる
  2. 1419年応永の外寇。朝鮮軍が対馬を襲う
年表を一覧で読む
小川宮と日本の出来事(年の順)
1404年本人:誕生
1404年日本の出来事:明との勘合貿易が始まる
1419年日本の出来事:応永の外寇。朝鮮軍が対馬を襲う
1425年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、小川宮の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、小川宮がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

載っている家系図

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