小倉宮恒敦

おぐらのみや つねあつ

1422年没

南朝系皇族

小倉宮 恒敦(おぐらのみや つねあつ、生年不詳 - 応永29年7月15日(1422年8月2日))は、南朝最後の天皇である後亀山天皇の皇子。

基本情報

没年
1422年8月2日 同じ日の人物 →
名字
小倉宮
肩書
南朝系皇族
出典
後亀山天皇の家系図

この人について

小倉宮 恒敦(おぐらのみや つねあつ、生年不詳 - 応永29年7月15日(1422年8月2日))は、南朝最後の天皇である後亀山天皇の皇子。小倉宮家初代。親王宣下があったかどうか不明。また諱については『南朝皇胤紹運録』では「良泰」、『南帝自天親王川上郷御宝物由来』には「実仁」とあるが、確証はない。子に小倉宮聖承がいる。

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家系図(近い家族)

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師泰親王良泰親王真阿聖承小倉宮恒敦琮頊泰子内親王後亀山天皇
師泰親王
第二皇子
南朝系皇族
1362年〜1423年
良泰親王
第三皇子
南朝系皇族
1370年〜1443年6月4日
真阿
十念寺開基
1374年〜1440年
聖承
小倉宮家の人物
小倉宮恒敦
南朝系皇族
〜1422年8月2日
琮頊
十念寺2世
〜1448年
泰子内親王
第一皇女
南朝系皇族
後亀山天皇
南朝第4代天皇
1350年〜1424年5月10日
100%

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家族

子

  • 聖承

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