基本情報
この人について
北畠 顕家(きたばたけ あきいえ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代の南朝公卿・武将。『神皇正統記』を著した准三后北畠親房の長男。主著に『北畠顕家上奏文』。南朝従二位権中納言兼陸奥大介鎮守府大将軍、贈従一位右大臣。
後醍醐天皇側近「後の三房」のひとり北畠親房の子として、前例のない数え14歳(満12歳)で参議に任じられて公卿に登り、建武の新政では、義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥国に下向した(陸奥将軍府)。のち足利尊氏との戦い建武の乱が起こると、西上し、第一次京都合戦で新田義貞や楠木正成らと協力してこれを京で破り、九州に追いやった。やがて任地に戻るも、尊氏が再挙して南北朝の内乱が開始するにおよび、再びこれを討とうとして西上し、鎌倉を陥落させ、上洛しようと進撃した。青野原の戦いで幕将土岐頼遠を破るが、義貞との連携に失敗し直進を遮られたため、転進。
この略歴はウィキペディア日本語版「北畠顕家」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
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家族
年表:北畠顕家と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 1318年4月誕生
- 1335年子・北畠顕成 誕生
- 1338年6月死去
日本の出来事
- 1324年正中の変が起こる
- 1331年元弘の変が起こる
- 1333年鎌倉幕府が滅びる
- 1334年建武の新政が始まる
- 1336年足利尊氏が建武式目を定める
- 1338年足利尊氏が征夷大将軍になる
年表を一覧で読む
| 1318年4月 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1324年 | 日本の出来事:正中の変が起こる |
| 1331年 | 日本の出来事:元弘の変が起こる |
| 1333年 | 日本の出来事:鎌倉幕府が滅びる |
| 1334年 | 日本の出来事:建武の新政が始まる |
| 1335年 | 本人:子・北畠顕成 誕生 |
| 1336年 | 日本の出来事:足利尊氏が建武式目を定める |
| 1338年6月 | 本人:死去 |
| 1338年 | 日本の出来事:足利尊氏が征夷大将軍になる |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、北畠顕家の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、北畠顕家がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
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