佐伯眞魚

さえき まお

774年〜835年

古代生まれ佐伯

僧(真言宗の宗祖、空海・弘法大師)

空海(くうかい)又は弘法大師(こうぼうだいし)774年〈宝亀5年〉- 835年4月22日〈承和2年3月21日〉)は、平安時代初期の僧。

基本情報

生年
774年
没年
835年
時代
古代
名字
佐伯
肩書
僧(真言宗の宗祖、空海・弘法大師)
出典
空海の家系図

この人について

空海(くうかい)又は弘法大師(こうぼうだいし)774年〈宝亀5年〉- 835年4月22日〈承和2年3月21日〉)は、平安時代初期の僧。諡号は弘法大師(こうぼうだいし)。真言宗の宗祖。俗名は佐伯 眞魚(さえき のまお)。佐伯直の血筋で藤原氏の血筋も入っている。唐の後期に愛染明王(あいぜんみょうおう)を持ち帰り、密教(唐の後期の真言密教)を広めたのが有名である。

日本天台宗の宗祖である最澄と共に、日本仏教の大勢が今日称される奈良仏教から平安仏教へと転換していく流れの劈頭(へきとう)に位置し、中国より真言密教をもたらした。能書家でもあり、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられている。

この略歴はウィキペディア日本語版「空海」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

佐伯眞魚を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

佐伯眞魚玉依御前佐伯田公
佐伯眞魚
僧(真言宗の宗祖、空海・弘法大師)
774年〜835年4月22日
玉依御前
佐伯田公
郡司
100%

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家族

父母

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年表:佐伯眞魚と、その時代

年表の見方

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この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
平安時代
775
780
785
790
795
800
805
810
815
820
825
830
835

本人

  1. 774年誕生
  2. 835年4月死去

日本の出来事

  1. 784年長岡京に都が移る
  2. 794年平安京に都が移る
  3. 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
  4. 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
  5. 805年最澄が天台宗を開く
  6. 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
  7. 810年薬子の変が起こる
年表を一覧で読む
佐伯眞魚と日本の出来事(年の順)
774年本人:誕生
784年日本の出来事:長岡京に都が移る
794年日本の出来事:平安京に都が移る
797年日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
802年日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る
805年日本の出来事:最澄が天台宗を開く
806年日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く
810年日本の出来事:薬子の変が起こる
835年4月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、佐伯眞魚の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、佐伯眞魚がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。

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