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全国12138位約546人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
黑鳥(くろとり)は『和名抄』では、土佐国安藝郡に黑島○があり、久呂止利と注している。また越後国四蒲原郡に黑島邑があり、『式内魚沼郡川合神社の社記』に「廉平五年十一月廿九日、鎭守府将軍源賴義・阿部貞任を誅する。東征成るの翌年春・帰洛する。八幡太郎義家、次男賀茂次郎義綱、共にいる。そのような所に、黒鳥兵衛尉一平という者が、柵を構えて反抗しようとする。義家、義綱と相計って攻め寄せたところ、柵の傍、沼深く、兵士進むことが難しい。」
黑鳥クロトリ和名抄、土佐國安藝郡に黑島〓ありて、久呂止利と註す。又越後國四蒲原郡に黑島邑ありて、式內魚沼郡川合神社の社記に「廉平五年十一月廿九日、鎭守府將軍源賴義·阿部貞任を誅す。東征成るの翌年春·皈洛す。八幡太郞義家、次男賀茂次郞義綱、共に有り。然る所に、黒鳥兵衞尉一平と云ふ者、柵を構へ隱を報んとす。義家、義綱と相計りて攻め寄せけるに、柵の傍、沼深く、兵士進みがたし。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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