鳴瀬
なるせNaruse
全国5828位 ・ 約1,710人
鳴瀬(なるせ)は、 【1】小野姓横山党 ― 武蔵国入間郡鳴瀬邑から起こり、「小野氏系図」に「横山孝遠―時綱―鳴瀬四郎太郎」と載せ、「七党系図」に「時綱(野四)―…
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基本情報
- 読み
- なるせ
- ローマ字
- Naruse
- 全国順位
- 全国5828位
- 推計人数
- 約1,710人
算出方法
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。
ローマ字で書くと
鳴瀬をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。
Naruse読みをそのまま写した形
パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。
名字の由来をたどる
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
- 武蔵国(東京都・埼玉県)
- 遠江国(静岡県)
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
鳴瀬(なるせ)は、 【1】小野姓横山党 ― 武蔵国(東京都・埼玉県)入間郡鳴瀬邑から起こり、「小野氏系図」に「横山孝遠―時綱―鳴瀬四郎太郎」と載せ、「七党系図」に「時綱(野四)―(鳴瀬)某(鳴瀬四太)―長兼(大貫三)―兼氏(太)」とある。……(中略)この系図には年代を記していないが、「法恩寺年譜録」に載る承元二年、有平の兄有弘が左馬允有高に地頭職を譲ったことがあるので、おおよそその頃の人であったと知られる。 【3】遠江(静岡県)の鳴瀬氏 ― 磐田郡に鳴瀬の地があり(山香庄西手)、その地の一之城は鳴瀬隼人の居所であったという。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
原文(文語体)を見る
鳴瀨ナルセ1小野姓横山黨武藏國入間郡鳴瀨邑よリ起リ、小野氏系圖に「橫山孝遠-時綱-鳴瀨四郞太郞」と載せ、七黨系圖に「時網(野四)-(鳴瀬)某(鳴瀬四太)-長兼(大貫三)-兼氏(太)」とあり。……この系圖には年代を記さゞれど、法恩寺年譜錄に載せたる承元二年、有平の兄有弘が、左馬允有高に地頭職を讓りしよし有るにより、大抵其の頃の人なりしこと知らる。 3遠江の鳴瀨氏磐田郡に鳴瀨の地あり(山香庄西手)、その地の一之城は鳴瀬隼·人の居所なりしとぞ。
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
同じ読みの名字
鳴瀬と同じ読みの名字です。渡辺と渡邊のように、同じ読みで表記の違う名字はよくあります。
同じ漢字を使う名字
鳴瀬に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。
「鳴」の字を含む名字
同じくらいの多さの名字
全国順位が鳴瀬の前後にある名字です。
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