この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11064位約630人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「高室」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
菱
菱形を組み合わせた図案。
『姓氏家系大辞典』第3巻 539コマに「家紋松皮萎、丸に三階菱平右衞門家次-豐前久家-四郞左衞門昌重-昌…」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
高室(たかむろ)は、高村と通じる。【1】高室連 ― 『拾芥抄』『姓名録抄』等に見える。【2】○和源氏小笠原氏族 ― 甲斐国の名族であり、巨摩郡高室から起こった。加賀美遠光の末男十郎光長がこの地にあって高室を氏とした。『一蓮寺過去帳』に永享中に高室氏が見える。九世孫治部太夫満長、その曾孫新太郎光春、その子小次郎光里、その養子民部少輔昌秀(実は光春の子で小笠原政慶の子)が河中島に戦死した。
高室タカムロ高村と通ず。1高室連拾芥抄、姓名錄抄等に見ゆ。2〓和源氏小笠原氏族甲斐國の名族にして、巨摩郡高室より起る。加賀美遠光の末男十郞光長·此の地にありて高室を氏とす。一蓮寺過去帳、永享中に高室氏見ゆ。九世孫治部太夫滿長、その曾孫新太郞光春、その子小次郞光里、その養子民部少輔昌秀(實は光春の第、小笠原政慶の子)河中島に戰死す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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