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全国11148位約622人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
馬杉(うまずぎ)は近江国甲賀郡馬杉庄から起こった。当庄は北野社文明の文書、大秦広隆寺由来記などに見える。伴姓大原氏の一族で、大原貞景の子(あるいは弟)馬杉四郎為頼の後である。伴氏系図に「売乘-貞景(大原八郎)-為頼(四郎、関東御下知を帯びて馬杉公文職を知行する)-能量-最後(二郎、法名行願)-孝氏(兵衛太郎)-義権(太郎左衛門尉、外祖父景俊の養子となる。盛景の末孫、その跡を継ぐ。
馬杉ウマスギ近江國甲賀郡馬杉庄より起る。當莊は北野社文明の文書、大秦廣隆寺由來記等に見ゆ。伴姓大原氏の一族にして、大原貞景の子(或は弟)馬杉四郎爲頼の後なり。伴氏系圖に「賣乘-貞景(大原八郞)-爲賴(四郞、關東御下知を帶び、馬椙公文職を知行す)-能量-最後(二郞、法名行願)-孝氏(兵衞太郞)-義權(太郞左衞門尉、外祖父景俊養子となる。盛景末孫、其の跡を繼ぐ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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