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全国12086位約550人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
馬(うまば)は、馬養部・午人等の伴造であった氏であろう。馬貝・馬貝部・馬人等を参照してほしい。【1】馬毘登馬史 ― 馬毘登馬史というものと同じ。百済族である。天平神護元年十二月紀に「右京人外従五位下馬毘登国人、河内国古市郡人正六位上馬毘登益人等四十四人、姓を武生連と賜った」と述べ、また天平神護元年九月紀に「河内国古市郡人正七位下馬毘登夷人、右京人正八位下馬毘登中成等、姓を厚見連と賜った」などが見える。【2】馬史 ― 馬毘登に同じ。
馬ウマバ馬養部、午人等の伴造たりし氏なるべし。ウマカヒ、ウマカヒベ、ウマヒト等を參照せよ。1馬毘登馬史と云ふに同じ。百濟族なリ。天平神護元年十二月紀に「右京人外從五位下馬毘登國人、河内國古市郡人正六位上馬毘登益人等四十四人、姓を武生連と賜ふ、」と。また天平神護元年九月紀に「河内國古市郡人正七位下馬毘登夷人、右京人正八位下馬毘登中成等、姓を厚見連と賜ふ、」など見ゆ。2馬史馬毘登に同じ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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