この名字はまだ図鑑に載っていません
全国16631位約323人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
青屋(あおや)は安芸国(広島県)高田郡青屋村から起こった。『和名抄』では同郡栗屋郷の地に当たる。青屋氏は『略記下巻』に青屋の越中(富山県)、『安四軍策』に青屋入道友梅(三吉方)および「青屋が城をば○」と載せられ、『陰德太平記』に青屋出羽が高橋大九郎と戦ったことが載せられている。『藝藩通志』に青屋の勝山は「天正中、備後(広島県)の三吉新兵衛隆信の要害である。この人は粟屋隆述とも諸書に見える」とあるので、この氏は恐らく三吉氏の族、つまり藤原氏のようである。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
靑屋アヲヤ安藝國高田郡青屋村より起る。和名抄同郡栗屋郷の地に當る。靑屋氏は應に略記下卷に靑屋の越中、安四軍策に靑屋入道友梅(三吉方)及び「青屋が城をば差拾」と載せ、陰德太平記に靑屋出羽が高橋大九郞と戰ふ事を載せたり。藝藩通志に靑屋の勝山は「天正中備後の三吉新兵衛隆信の要害なり、此人粟屋隆述とも諸書に見ゆ」とあれば、此の氏恐らく三吉氏の族卽ち藤原氏なるが如し。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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