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全国16774位約319人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
阿知和(あちわ)は、三河国(愛知県)額田郡阿知和村から起こった。同村に阿知和古城がある。【1】松平族 ― 阿知和城主松平右近の後である。『寛政系譜』の能見松平の項に「光親-重親-玄鉄(在名阿知和を称す)-玄以(阿知和)」と見える。また『武徳大成記』に阿知和右衛門尉が見える。【2】三河国古城記・設変郡川井屋敷の項に「阿知和七兵衛」を記載している。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
阿知和アチワ三河國額田郡阿知和村より起る。同村に阿知和古城あり。1松平族阿知和城主松平右近の後也。寛政系譜に能見松平條に光親-重親-玄鐵(在名阿知和を稱す。)-玄以(阿知和)と見ゆ。なほ武德大成記に阿知和右衞門尉見ゆ。2三河國古城記、設變郡川井屋敷條に「阿知和七兵衞」を載せたり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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