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全国24062位約167人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
長雄(ながお)は同上。讃岐(香川県)の長雄氏は常国長尾○から起こった。前条第四十八項参照。『南海流浪記』に「仁治四年二月十三日、国府を立ち、讚岐の守護所長雄次郎左衛門の許に至る。路間二五、十四日守護所の許より鴨足津の橋藤左衛門高能という御家人の許に預けられた」と見える。また、江戸の書家に長雄半左衛門耕書があり、長雄流を創った。その後、半遺(旭山)も名がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
長雄ナガヲ同上。1讃岐の長雄氏常國長尾〓より起る。前條第四十八項參照。南海流浪記に「仁治四年二月十三日、國府を立ち、讚岐の守護所長雄次郎左衞門の許に至る。路間二五、十四日守護所の許より鴨足津の橋藤左衞門高能と云ふ御家人の許へ預けらる」と見ゆ。2雜載江戶の書家に長雄半左衞門耕書あり、長雄流を創む。その後、半遺(旭山)も名あり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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