この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13652位約451人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「野一色」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
目結
絞り染めの結び目を四つ、角を合わせて並べた図案。
丸に一文字
横一文字に引いた線の図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 23コマに「家紋四目結、丸に歸、丸に一文字0又野一色兵庫頭義泰は天明の頃、山…」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
野一色(のいっしき)は近江(滋賀県)の名族で佐々木氏の族である。坂田郡野一色から起きた家で、寛永系譜に「佐々木秀義の子孫三郎秀政がこの地名を家号とした」と述べられ、寛政系譜には「秀義の男盛編、七代孫秀長、三代孫秀政の後である」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
野一色ノイツシキ近江の名族にして、佐々木氏の族と云ふ。坂田郡野一色より起りしにて、寛永系譜に「佐々木秀義の子孫三郞秀政、此の地名を家號とす」と云ひ、寬政系譜には、「秀義の男盛編、七代孫秀長三代孫秀政の後なり」と見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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