この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13871位約439人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
重城(しげしろ)、重栖(しげす)は佐々木氏の族で、『佐々木系図』に「(隱岐(島根県))佐々木五郞義○-隱岐守秦○-五郞左衞門茂○-宗茂(重栖四郞左衞門と号す。母は三井藤內左衞門藤原資忠つや、正中二乙丑年二月六日死去、四十八歲)」と載せ、その子に「宗秀(次郞、遁世法名起阿)、義高(從五位上、越中守、四郞左衞門、正中十三年九月朔日死去、五十三歲)、基宗(五郞、遁世喜阿)、高宗(六郞、遁世高阿)、義宗(七郞通世義阿)」がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
重城シゲシロ重栖シゲス佐々木氏の族にして、佐々木系圖に「(隱岐)佐々木五郞義〓-隱岐守秦〓-五郞左衞門茂〓-宗茂(重栖四郞左衞門と號す。母は三井藤內左衞門藤原資忠つや、正中二乙丑年二月六日死去、四十八歳と載せ、其の子に「宗秀(次郞、遁世法名起阿)、義高(從五位上、越中守、四郞左衞門、正中十三年九月朔日死去、五十三歲)、基宗(五郞、遁世喜阿)、高宗(六郞、遁世高阿)、義宗(七郞通世義阿。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「重城」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →