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全国14107位約427人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
酒井田(さかきだ)は筑後国(福岡県)上妻郡酒井田村より起源し、同村酒井田城に拠った。藤原姓で、『小野村内宮棟木質後大名衆』に「酒井田殿」、また『上妻文書』『義長判書』に「酒井田新右衛門尉殿」、また国駿河守が見える。永正年間の人である。また『善道寺館銘』に「同紀伊介一あり(この鐘銘は、建長、応永、天文の三度改記された)。その銘に「上妻郡酒井田之紀伊介藤原家忠、天文二十年辛亥九月十五日庚子、住持秀位」とある。また『上妻文書』『大友義○の状』に「紀伊守」がある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
酒井田サカキダ筑後國上妻郡酒井田村より起り、同村酒井田城に據る。藤原姓にして、小野村内宮棟木質後大名衆に「酒井田殿」、また上妻文書、義長判書に「酒井田新右衞門尉殿」、また国駿河守見ゆ。永正年間の人也。又善道寺館銘に「同紀伊介一あり(此の鐘銘は、建長、應永、天文の三度改記す)。其の銘に「上妻郡酒井田之紀伊介藤原家忠、天文廿年辛亥九月十五日庚子、住持秀位」とoまた上妻文書大友義鎭の狀に「紀伊守」あり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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