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全国11064位約630人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
辰川(たつかわ)・田令(たつかい)は古代の官職名で、田(御田)を掌り、その貢税などの事に携わった官職名である。『欧明紀』十七年の条に「蘇我大臣稲目宿禰等を備前児島郡に遣わして、屯倉を置き、葛城山田直瑞子を以って、田令とする(田令・これを陀豆歌職という)」と載せ、また同三十年の条に「詔して曰う云々。夏四月、膽津・白猪の田部の丁を検閲し、詔に依って籍を定め、果して田戸となす。
辰川タツカハ田令タツカヒ古代の官職名にして、田(御田)を掌り、其の貢稅などの事に携はりし官職名也。歐明紀十七年條に一蘇我大臣稻目宿禰等を備前兒島郡に遣はして、屯倉を置き、葛城山田直瑞子を以つて、田令と爲す(田令·此れを陀豆歌職と云ふ)」と載せ、また同三十年條に「詔して曰ふ云々。夏四月、膽津·白猪の田部の丁を檢閱し、詔に依りて籍を定め、果して田戶と成す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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