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全国17532位約295人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
辛(からしん)は、加羅と同じ。【1】○。摂津(大阪府・兵庫県)の辛氏 ― 天平宝字二年九月の紀に、武庫郡広田郷にあった「右京人正六位上辛男床等十六人、姓を広田連と賜う」と見える。広田連は『姓氏録』に辛臣君・辛国君の後とされている。広田の項を見てほしい。【2】筑前(福岡県)の辛氏 ― 弘仁五年十月の紀に「太宰府言う、新羅人辛波古知等二十六人、筑前国博多津に漂着した。その来由を問うに、遠く風化に投じた」と見える。『和名抄』の筑前国志摩郡に韓良○を収め、高山寺本に加良・漢知と注している。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
辛カラシン加羅に同じ。1るべし。攝津の辛氏天平寶字二年九月紀に武庫郡廣田郷にありしな「右京人正六位上辛男床等十六人、姓を廣田連と賜ふ」と見ゆ。廣田連は姓氏錄に辛臣君辛國君の後とせり。ヒロタ條を見よ。2筑前の辛氏弘仁五年十月紀に「太宰府言ふ、新羅人辛波古知等二十六人、筑前國博多津に漂着す。其の來由を問ふに、遠く風化に投ず」と見ゆ。和名抄、筑前國志摩郡に韓良〓を收む、高山寺本に、加良、漢知と註す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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