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全国14107位約427人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
角鹿(つぬが)は、越前(福井県)の角鹿から起こった。敦賀の項を見よ。【1】角鹿国造 ― 角鹿国とは、後の越前国敦賀郡近くの地を言う。この国造は、吉備氏の族であり、『国造本紀』に「角鹿国造。志賀高穴穂(成務)朝の御代、吉備臣の祖・若武彦命の孫・建功狭日命を国造に定め賜う」と見える。これより前、『景行紀』に「日本武尊が言うに、蝦夷(北海道)の凶首である。そのことに従い、ただ信濃国(長野県)、越国は非常にまだ化に従わない」……(引用はここで途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
角鹿ツヌガ越前角鹿より起る。ツルガ條を見よ。I角鹿國造角鹿國とは、後の越前國敦賀郡附近の地を云ふ。此の國造は、吉備氏の族にして、國造本紀に「角鹿國造。志賀高穴穗(成務)朝の御代、吉備臣の祖·若武彥命が孫·建功狹日命を國造に定め賜ふ」と見ゆ。これより前、景行紀に「日本武尊·曰く、蝦夷の凶首成な其の事に伏し、唯信濃國、越國、頗る未だ化に從はず云々と。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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