この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11399位約602人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「藤方」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
巴
弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第5巻 337コマに「紋三巴」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
藤方(ふじかた)は、【1】村上源氏北畠氏族 ― 伊勢国安濃郡藤方邑から起こった。『北畠系図』に御一族衆に列し、『幕紋三巴』の記述とキタバタケの項を見てほしい。『藤方家譜』には「北畠大納言○○具の男で侍従(敦賢)で、出家して桂男(桂祐)と言い、藤方城にあって藤方を名乗った」と述べている。その子は刑部大夫朝成(少輔)と見える。家紋は丸に割萎・五七桐。
藤方フヂカタ1村上源氏北畠氏族伊勢國安濃郡藤方邑より起る。北畠系圖、御一族衆に列し、「幕紋三巴」とキタバタケ條を見よ。藤方家譜には「北畠大納言〓具の男侍從(敦賢)·入道して桂男(桂祐)と云ひ、藤方城にありて藤方を稱す」と云ふ。其の子は刑部大夫朝成(少輔)と見ゆ。家紋丸に割萎、五七桐。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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