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全国12292位約534人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
藤富・淵名は、『和名抄』に上野国佐位郡の淵名○を収め、「ふちな」と注し、後に淵名庄が起こった。【1】秀○流藤原姓 ― 前述のように上野淵名庄から起こった。○○当庄のことは『小山文書』『宇都宮文書』などに見える。この氏がこの地を領していたが、その出自は『尊卑分脈』に「秀○四世孫鎭守府将軍兼光―愛助(淵名上野介、左衛門○―兼成(五妻幡守))」と、また兼助心見長綱備五郎「鎮守将軍頼行―愛助(前の兼助と同人なるべし)、弟銀行(号淵名大夫、従五下)―師種(澤優)……(引用はここで途切れている)
藤富フヂトミ淵名フチキ和名抄、上野國佐位郡に淵名〓を收め、布知奈と註し後に淵名庄起る。1秀〓流藤原姓前述上野淵名庄より起る〇〇當莊の事は小山文書、宇都宮文書等に見ゆ。この氏は此の地を領せしにて、その出自は尊卑分脈に「秀〓四世孫鎭守府將軍兼光-愛助(淵名上野介、左衛門戦-兼成(五妻幡守)」と又兼助心見長綱備五郎「鎮守將軍賴行-愛助(前の兼助と同人なるべし)、弟銀行(號淵名大夫、從五下)-師種(澤優)
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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