この名字はまだ図鑑に載っていません
全国14771位約395人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「菊屋」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
一文字
横一文字に引いた線の図案。
『姓氏家系大辞典』第2巻 358コマに「紋三星に一文字」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
菊屋(きくや)は、【1】○和源氏 ― 伊賀(三重県)の名族で島ケ原一族である。源三位賴政の遺子の奇という。紋は三星に一文字。【2】近世 ― 伊豫国(愛媛県)野間郡に菊屋新助があり、松山に出て松山縞を創作して一つの物産にした(『產業事蹟』)。備中川上郡の名族にこの○○菊名邑があり、信濃(長野県)に存する。備前(岡山県)に存する。信濃に存する。町時代に相當の豪族であったことが分かる。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
菊屋キクヤ1〓和源氏伊賀の名族にして島ケ原一族なり。源三位賴政の遺子の奇と云ふ、紋三星に一文字。2近世伊豫國野間郡に菊屋新助あり、松山に出で松山縞を創め、一物產となせり(產業事蹟)。備中川上郡の名族に此のクク菊名邑あ信濃に存す。備前に存す。信濃に存す。町時代·相當の豪族なりしを知るべし。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「菊屋」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →