この名字はまだ図鑑に載っていません
全国12185位約542人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
荒蒔(あらまき)は、上野国勢多郡荒牧から起こった。荒牧・荒蒔は互いに使われた。『東路の苞』に荒蒔和泉入道の宿所に泊まることが見える。また常陸国佐竹氏の幕下に荒蒔駿河守藤原為秀がいた。永禄・元亀の中に久慈郡町付館に住み、慶長年間に佐竹氏に従って羽州に移った。近津明神の鐘銘にこの人の名がある。また上○村の高徳寺はこの人の創建だという。また桐生七騎の一にこの氏がある。
荒蒔アラマキ上野國勢多郡荒牧より起る、荒牧、荒蒔互用す。東路の苞に荒蒔和泉入道の宿所に泊する事見ゆ。又常陸國佐竹氏の幕下に荒蒔駿河守藤原爲秀あり、永祿元亀中久慈郡町付館に住し、慶長年中佐竹氏に從ひて羽州に移る。近津明神鐘銘に此の人の名あり、又上〓村高德寺は此の人の創建とぞ。又桐生七騎の一に此の氏あり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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