この名字はまだ図鑑に載っていません
全国15822位約351人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「荊木」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
桔梗
桔梗の花を、五つの尖った花びらで表した図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 280コマに「家紋桔梗、黒鮮」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
○木(いばらき)は、紀伊国(和歌山県)日高郡の莉木村から起こった。『続風土記』同郡天田村の項に刑木嘉一郎について「祖は六郎左衛門藤原孝之で、応仁の頃、高家荘の荊木村に在住し、代々畠山氏および丹波志茨城と関係を持ち用いた」と述べられている。……(引用はここで途切れている)
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
〓木イバラキ紀伊國日高郡莉木村より起る。續風土記同郡天田村の地士刑木嘉一郞條に「祖六郞左衞門藤原孝之、應仁の頃、高家莊荊木村に在住し、世々畠山氏丹波志茨城と通じ用ふ、前條に
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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