絹谷

きぬたにKinutani

全国9733位 ・ 約778人

絹谷(きぬたに)は、桓武平氏磐城氏族で、磐城国石城郡絹谷邑から起こる。

この名字はまだ図鑑に載っていません

基本情報

読み
きぬたに
ローマ字
Kinutani
全国順位
全国9733位
推計人数
約778人
算出方法

上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。

都道府県別の順位は各県の上位5姓まで公表されています。

ローマ字で書くと

絹谷をローマ字で書くときの綴りです。読みをヘボン式でそのまま写した形と、パスポートの表記を並べています。

Kinutani読みをそのまま写した形

パスポートのヘボン式では、のばす音(長音)を省いて書きます(さとう→SATO)。ただし「まつうら」のように、のばす音か語の切れ目かが読みだけでは決まらない綴りもあるため、省いた形は末尾がお段+「う」の名字にだけ出しています。正式な綴りは申請先の規定をご確認ください。

名字の由来をたどる

由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。

ゆかりの地

  • 磐城国(福島県・宮城県)
  • 備中国(岡山県)
  • 大和国(奈良県)

引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。

絹谷(きぬたに)は、桓武平氏磐城氏族で、磐城国(福島県・宮城県)石城郡絹谷邑から起こる。「磐城系図」に「次郎隆守-秀○(絹谷四郎)」とあり、次郎義衛の弟である。「仁科岩城系図」には「平二郎隆守-義衛、弟秀○」と見える。岩城・佐藤の項を参照せよ。 (このあと原文は次の見出し「衣縫(きぬぬい)」の記事に移る) 衣縫は職業部の一つで、詳細は衣縫部の項を見よ。 【1】呉衣縫 ― 「古事記」応神段に「是の女人(呉工女)等の後、今の呉衣縫、蚊屋衣縫、是れ也」と見える。 【2】蚊屋衣縫 ― 備中賀陽にあった衣縫である。賀陽の項を見よ。 【3】来目衣縫 ― 応神紀十四年条に「百済王縫衣二女を貫す。真毛津と曰ふ。是れ今の来目衣縫の始祖也」と見える。大和国(奈良県)高市郡久米邑にあった。 【4】大蔵衣縫 ― 大蔵に使役された衣縫である。大蔵の項を見よ。 【5】内蔵衣縫 ― 内蔵に使役された衣縫である。蔵の項を見よ。……(中略) 【6】和泉神別 ― 「姓氏録」和泉神別に「衣縫、同上(伊香我色雄命の後)」と見える。衣縫部の伴造などであったものか、あるいは冒系か。おそらく次の氏と姻戚などによって、その氏名を名乗ったのであろう。 【7】百済族 ― 「姓氏録」和泉諸蕃に「衣縫、百済神露(一本には霊)命より出づる也」と見える。衣縫部の伴造か。 【8】播磨(兵庫県)の衣縫氏 ― 「播磨風土記」揖保郡村田里条に「伊勢野と名づける所以は、この野に人家があるたびに、静かに安んずることができない。そこで衣縫猪手、漢人刀良らの祖が、ここに住もうとして社を山本に立てた云々」と見える。 【9】衣縫伴造 ― 衣縫部の伴造で、前項の氏と同じであろうか。「扶桑略記」巻四、推古天皇三十六年条に「衣縫伴造義通」という者が出る。

本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。

原文(文語体)を見る

絹谷キヌタニ桓武平氏磐城氏の族にして、磐城國石城郡絹谷邑より起る。磐城系圓に「次郞隆守-秀〓(絹谷四郞)」と載せたり。次郞義衛の弟なり。仁科岩城系圖には「平二郞隆守-義衞、弟秀〓」と見ゆ。岩城、及び佐藤條を參照せよ。衣縫キヌヌヒ職業部の一也。詳細は衣縫部條を見よ。 1(吳)衣縫古事記、應神段に「是の女人(吳工女)等の後、今吳衣縫、蚊屋衣證、是れ也」と見ゆ。 2(蚊屋)衣縫備中賀陽にありし衣縫なリ。カヤ條を見よ。 3(來目)衣縫應神紀十四年條に「百濟王縫衣二女を貫す。眞毛津と曰ふ。是れ今の來目衣縫の始祖也」と見ゆ。大和國高市郡久米邑にありし也。(大藏)衣縫大藏に使役せし衣縫也。オホクラ條を見よ。 5(内藏)衣縫内藏に使役せし衣縫也。クラ條を見よ。……姓氏錄、和泉神別に「衣縫、同上(伊香我色雄命の後)」と見ゆ。衣縫部の伴造などにてありしか。又は冒系か。恐らく、次の氏と姻成などにて、其の氏名を冒せしなるべし。 7百濟族姓氏錄、和泉請蕃に「衣縫、百清神露(一本靈)命より出づる也」と見ゆ。衣縫部の伴造か。 8播磨の衣縫氏播磨風土記、揖保郡村田里條に「伊勢野と名づく所以は、此の野·人家在る每に、靜かに安ずるを得ず。是に於いて衣變猪手、漢人刀良等の祖、此處に居らんとして社を山本に立つ云々」と見ゆ。 9衣縫伴造衣縫部の伴造にして次の氏に同じきか。扶桑略紀卷四、推古天皇丗六年條に「衣縫伴造義通」なる者出づ。

姓氏家系大辞典 第2巻 388コマ
太田亮 著 / 国民社(昭和17〜19年)・全6巻

この項を原典で読む →

原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。引用はその項の書き出しを、文の切れ目まで載せたものです(「……」は、原文の行が崩れていて読み取れない箇所を省いた印)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。

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絹谷に使われている漢字を含む、全国に多い名字です(字が同じだけで、由来が同じという意味ではありません)。

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